第35話姫を攫った勇者
翌日、俺たちはソフィアと一緒に騎士団に呼び出された。
昨夜、王城で何があったのかを聞くために騎士団本部の応接間に通される。
俺たちが勝手に王城に入ったのは明らかなのに尋問室に連れていかれなかったのはソフィアのおかげだろう。
彼女がいなければ間違いなくお尋ね者だった。
ソフィアが率先して騎士たちに事情を説明している。
「――そうして、私の加護を受けたキョウさんの剣がソウルドミネーターの体を真っ二つにしたのです」
「ソフィア様がそう言うのであれば嘘はないとは思いますが……本当にこの者たちが魔王ソウルドミネーター討伐の功労者たちなのですか?」
騎士の目が少し疑うように俺たちを見る。当然の反応と言えば当然の反応だ。
俺たちは名前も知られていない冒険者。騎士たちでも倒すのに苦労した魔王を討伐したと言っても怪しいだろう。
「ええ、私が保証致します。彼らは魔王ソウルドミネーター復活の気配を敏感に感じ取り、勇敢にも王城に侵入。私の魔王討伐を手伝ってくださったのです」
そ、ソフィアが表情一つ変えずに嘘を吐いている……! そんな器用なことできたのか、とちょっと感心してしまう。嘘もつけないほど真面目な子、というイメージだった。
俺たちはそれに話を合わせてうんうんと頷いているだけだった。
「なるほど、ありがとうございます。姫様も話し続けて疲れたでしょう。少し休憩にしましょうか」
そう言って、事情聴取をする騎士たちは部屋を出て行った。
後に残ったのは、俺たち三人とソフィアだけ。人の目がなくなると、ソフィアは俺の方にすす、と近づいてきた。
彼女が俺の耳に口を近づけてきた。
「嘘を言うのってなんだかドキドキしますね。私はうまくできていたでしょうか」
「……あ、ああ」
近い近い近い! ソフィアの真っ白な頬っぺたがすぐ近くにある。甘い吐息がこそばゆい。
……しかし、彼女はTSっ娘。元男である。恋愛的なアレを期待するのは間違いだ。
収まれ鼓動。お前のドキドキは勘違いだ。
「ねえねえ、ソフィアはそんなに女の子らしいのに男の子だったの?」
「はい。と言っても二年近く姫様として生活してきたので、すっかり所作などは身についてしまいました」
たしかに、ソフィアの動きは一つ一つに気品がある。ヒビキやシュカとはまた違った感じだ。
しかし、彼女は確かに元々男だったらしい。
「クッ、またTSっ娘……俺の、俺のハーレム計画がいつまでも進まない……」
「キョウ、諦めろ。お前に普通の女の子はよりつかない」
ヒビキの揶揄うように言葉に、俺は怒った。
「いやだって、おかしいだろ! お姫様だぞ? お姫様とラブコメディーできると思ったのに、お姫様がTSっ娘だとは思わないだろ!」
お姫様と言えば女の子の中の女の子だろ!
「ふふ……キョウさんは本当に私を『はーれむぱーてぃー』にと考えていたんですか?」
心底面白そうに笑うソフィア。彼女は、前よりずっと表情豊かになったようだ。特に笑顔が、前よりずっと可愛らしくなった。
「でも、私は別に構わないですよ?」
「え?」
「ん?」
「?」
ヒビキとシュカの表情が固まる。
ソフィアはおっとりした笑顔で言葉の続きを言った。
「はーれむ、というのはみんな仲良しな関係のことでしょう? いいじゃないですか! 正直私、そういうのに憧れてたんですよ!」
「ンン……ソフィア、俺が言うハーレムというのはだな」
「あっはは。いいじゃないかキョウ。これがお前のハーレムパーティーってことで」
「TSっ娘ハーレムとか正気か?」
そんなの、俺が求めたハーレムパーティーじゃない!
嫌だ! 俺は女の子とイチャイチャしたい!
「姫様、昨夜の轟音について、民に向けて説明してくださりませんか? 王都では不安が広がっています。改めてソウルドミネーターを討伐したこと、民に話していただけませんか? 情けないことに、我々への信頼は姫様の婚約発表から地に堕ちています。姫様からの言葉なら、みな納得するかと」
「いいでしょう」
騎士からの願いに、ソフィアは小さく頷いた。俺たちは外に出ていないので分からないが、街ではそれなりの騒ぎになっているらしい。
応接間から外に出る。騎士たちが先導して、俺たちは王城の方へと案内された。
王城の前の広場には、それなりの人が集まっていた。既に騎士たちから昨日の出来事について発表すると告知していたのだろう。
騎士たちによって群衆は一箇所に集められている。俺は音楽ライブの光景を連想していた。
ソフィアの姿を認めた群衆が彼女に声をかける。
結婚しないでくれ、という声。昨日何があったのか問う声。王都に残って欲しいという叫び。
それらに対して小さく頷いたソフィアは、彼らを見回せる場所、王城の外階段の上に立つ。
「皆さん、昨日は大きな音で驚かせてしまう申し訳ございません。しかし、ここにいる勇者パーティーの皆さんのおかげで、ソウルドミネーターの存在を完全に滅することができました。……これで、私の騎士にも胸を張れます」
その言葉を、彼女がどんな心情で吐いたのか俺には分からなかった。彼女の毅然とした表情は、その内面を映していなかった。
群衆はざわざわと騒いだが、ソフィアがまだ何か話そうとしているのが分かったのか、すぐに静まる。
「そして、この度は私からご報告がございます」
姫からの報告。なんだなんだ、と群衆がざわつく。
「この度の婚約の話、まことに勝手ではありますがお断り申し上げます」
ざわざわ、と群衆が騒ぎ立てた。
今回のはどちらかと言えば歓声に近い。
複数の声は、好意的で、彼女の決断を支持しているようだ。彼女が結婚を拒否してくれたことを喜ぶ王都の民。ソフィアに幸せになって欲しいと願う人たち。
「しかし、お父様はそれを許さないでしょう。既に多くの人が私の婚約のために動いてくださっています。そのため――」
突然、ソフィアは俺にちょいちょいと手招きした。
大人しくソフィアの元に行くと、俺に群衆の視線が集まる。
あいつは誰だ、という当然の疑問が上がる。
王都の民の視線を一身に受けて、ソフィアは俺の手をそっと握った。
「私は、この方と駆け落ちすることにしました!」
「「……えええええ!?」」
群衆から、今日一番の驚き声が上がった。騎士たちも驚いているし、ヒビキとシュカも驚いている。というか俺が一番驚いてる。
「じゃあ行きましょう、キョウさん。あんまりここに留まってると捕まりますよ」
「いやソフィアはそれでいいのか!?」
「ええ、もちろん。……キョウさんが私の我儘を聞いてくれるのならですが」
急に不安そうな顔をするソフィアが少しだけ上目遣いで聞いてくる。
……そんな顔されて断れるわけないだろ!
「行くか。ヒビキ、シュカ」
「キョウ、王都から出るならさっさと出た方がいい。興奮した群衆がこっちに来てるぞ」
姫を止めるためか、あるいは俺を殴るためか、血走った目をした民衆はすごい迫力だ。
「あいつぶっ殺す!」とか「どこの馬の骨とも知れない男に姫様を渡せるか!」とか「幸せになれよー!」とか色んな声が聞こえてくる。
少なくとも、この場にいたらロクな目に遭わないことだけは確かだった。
「ったく……ソフィア、俺の背中に乗れ」
「お姫様をお姫様抱っこする機会ですよ?」
「……ああー、分かった分かった! 役得だからやってやらあ!」
こうなればヤケだ、と俺はソフィアの柔らかくていい匂いのする体を抱きかかえる。鼓動が早くなるのを感じた。
俺の顔を見上げたソフィアが、小さく笑った。
それを見ながら、俺はなかばやけっぱちでこの国のお姫様を攫うのだった。
こうして、俺たち四人は慌ただしく王都を後にすることになった。
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