第34話美しい剣

「キョウさん。一つ、言い忘れていたことがあったんです」


 俺の後ろに立ったソフィアが静かに語る。絶体絶命の状況も忘れて、俺は彼女の言葉に魅入られていた。

 体ごと振り返って、彼女の顔を見る。

 

 凛とした碧眼が、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。

 彼女の中にある熱が、俺の中にまで伝わってくるようだった。

 

「たしかに私は、本当の意味でのソフィア様ではありません。主を守れず、肉体を奪ってしまった不届き者の騎士です。けれども、あなたは私を受け入れてくれました。だから――」


 俺の肩から手を離し、彼女が前に出る。殺気をまき散らすソウルドミネーターの元へ向かう。


 

「私は、ただ守られるお姫様ではありません」


 

 彼女の華奢な足がゆっくりと前に進む。

 ソウルドミネーターはそれを見て、にやりと笑った。


「ヒヒヒ! 姫聖女様、いかがなさいましたか!? この私にお怒りですか? それとも不甲斐ない自分に怒り、自殺しに来ましたか? あなたの奪い取った聖魔法では私は倒せませんよ!」

「いいえ、そのどちらでもありません」


 ソフィアの纏う雰囲気が変わる。ふんわりとしたお姫様の空気から、清廉な騎士のそれへ。


「剣気、解放」


 途端、その場に突風が吹いた。

 その風は、ソフィアから吹き荒れているようだ。まるで台風の目だ。ソフィアを中心に、外へと押し出すような風が吹いている。


「……剣?」


 何も持っていなかったはずのソフィア。しかしその両手には、たしかに剣が握られていた。風によって作られた剣。幻想のような、けれども力強い存在感のある剣だ。


 彼女はそれを、堂々たる姿で構えている。

 背筋がピンと伸び、体に余分な力が籠っていない。正眼に構えた剣はピクリとも動かずに、出番を待っている。

 

 真の騎士は剣すら必要としない。

 老騎士から聞いた言葉がふと思い出された。

 今の彼女の立ち姿は、まさしく騎士と呼ぶに相応しいものだった。

 

「まさか……まさか貴様、騎士の力を使えるのか!?」


 ソウルドミネーターの表情に焦りが浮かぶ。

 相対するソフィアの顔には毅然とした決意が満ちていた。

 それは、今までで一度も見たことがない彼女の顔だった。

 

 騎士たるもの斯くあるべし。彼女は立ち姿だけでそう語っているようだった。

 ソフィアの纏う闘志が収束していく。


「フレーゲル剣術奥伝――」


 風の剣を中心に、暴風が渦を巻き始める。遠くにいる俺たちまで吹き飛ばされてしまいそうだ。

 今まで見たことがない威力の攻撃が放たれようとしている。そんな予感がする。

 この中で最も強いシュカですら、その攻撃を見て呆然と立ち尽くしているようだった。

 

 それを目にしたソウルドミネーターは激しい動揺を浮かべていた。生命の危機を感じ取った人外が、みっともなく狼狽する。

 先ほどまでの人を馬鹿にしたような態度はどこかに行き、命乞いをするように手を前に突き出す。


「ま、待てっ私ならお前の魂を元に戻せるかもしれないぞ! 魂を操るのは私の専門分野だ! お前を救えるのは私だけだ! だから――」 

「――アースディバイド」

 

 それは、俺がこの世界で見た中でもっとも美しい剣だった。

 

 真っ直ぐに振り下ろされた剣が、ソウルドミネーターの体を頭部から真っ二つにした。同時に、彼の体の中心にあった黒い闇のようなものもの――魂が真っ二つになって霧散する。

 轟音が響き、邪悪な気配が消滅する。完全なる死。


「今更私を救えるなんて嘘を言っても遅いですよ、カーター」

 

 ソフィアの心を弄び、多くの死を冒涜した死霊術師の魔王は、この世で最も美しい剣によって滅せられた。

 

 役目は果たした、と言わんばかりに風の剣もその姿を消す。ソフィアを中心に渦巻いていた風も収まった。

 後に残ったのは、こちらに向かって控え目に微笑む可愛らしいお姫様の姿だけだった。

 

「ソフィ――」

「ああ、すいません。この体ではもう限界です」


 彼女の華奢な体がふらりと倒れ込む。先ほどまでの毅然とした立ち姿とは全く違う、儚く脆い姿だった。

 

 俺は慌てて駆け寄って、それを支えた。

 お姫様抱っこのような状態。柔らかい感覚が手に伝わってくる。心臓の鼓動が早くなる。


「ちゃんと支えてくださってありがとうございます、私の救世主さん?」


 ソフィアが小さく呟いて、小さく笑いかけてくる。

 思わず頬が赤くなるのが自分でも分かる。

 

 

「おい、何事だ! 大丈夫か!?」


 いつの間にか騒ぎを聞きつけたらしい騎士たちが駆け寄ってきた。

 彼らはソウルドミネーターの死体を見て、驚いた顔を見せた。王都を脅かした魔王の姿は、騎士にとっても見覚えのあるものだったのだろう。

 死体と、疲れ切って倒れ込んだソフィアの姿を見た騎士は事態をある程度把握したらしい。

 

 俺たちは今晩は休めと王城の部屋を貸されて、翌日の事情聴取を待つことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る