第32話関係ない
俺たち三人の力を合わせて不気味な小男、カーターを追い詰めることに成功した。
しかし、彼は未だ余裕を見せている。
何か奥の手があるのか。そう訝しむ俺たちの元に、ソフィアが現れた。
「何をしているのですか!?」
「ソフィア!? なにやってるんだ! 危ないから離れろ!」
カーターは、ソフィアの姿を確認すると彼女に向かって話しかけた。彼女に危害を加えようという様子は見られない。
「いけませんよ、姫様。ご覧の通り城内に不審人物が侵入しております。危険ですのでお部屋にお帰りください」
「カーター! なぜあなたがキョウさんたちと戦っているのですか!? 話が違います!」
ペラペラと話したカーターに対して、ソフィアが怒る。
いつも優しい顔をしているソフィアは、瞳に強い光を灯してカーターを睨みつけていた。
しかし彼は動揺する様子がなく、ヘラヘラした態度を変えずに話した。
「おやおや? この方々がソフィア様のお友達だったのですが? 初めてお会いしたものですから、存じませんでした」
「白々しいですよ、カーター。あなたのことですから知っていたのでしょう? 彼らが私の友人であること。今夜王城に侵入したことを」
カーターが何も言わずに笑みを浮かべると、ソフィアの声が一段と低くなった。
「この方々を傷つけるのは私が許しません」
「おお、恐ろしい顔ですね。ですが私に歯向かってよろしいのですか?」
カーターがニヤリと笑うと、ソフィアが唇をキュッと噛んだ。
ああ、やっぱりコイツが俺が倒すべきだ。俺は改めて確信する。
ソフィアがこちらを向く。表情は硬い。
「……皆さん、ここは何も言わずに立ち去ってくださいませんか? 城内に侵入した件は秘密にしておきますから」
「そうはいかない。俺たちはソフィア姫をさらいに来たんだからな」
「ッ」
ソフィアがわずかにうつむく。その様子が本当に悲痛で、彼女はやはり助けなど求めていなかったのだと確信を深める。
それでも、俺は俺の為したいことを為すだけだ。
「私はそれを望まないと伝えましたよね」
「それでも、だ。俺はソフィアと違って優しくないし自分勝手だ。だから、お前を勝手に助け出す」
「ヒヒヒ……そんな主張、国がゆるすとお思いですか?」
カーターが嘲笑う。
「お前には関係ないだろ。黙ってろ」
「いえいえ。私は王国の忠臣。放ってはおけませんよ。いいですか? これは国王の承認したことです。子どもの我儘でどうにかなるものではありません」
「いいや、通すんだよ。我儘を。今からな」
王族がどうとか国がどうとかじゃなく、俺がしたいからするのだ。
他人にどうこう言われても関係ない。最終的にソフィアが幸せになるならそれでいいだろ。
カーターは、俺の顔を見て言葉を変えた。
「ふむ、理屈で訴えても無駄な人種ですか。では、こう言えばよいでしょうか。――私も、私がそうしたいのです。この姫聖女という民に愛された存在を、公爵という醜い男に犯してほしいのです」
「……は?」
奇しくも、それは俺の思考とよく似ていた。
けれども、理解できない。
コイツはいったい、何を言っているんだ?
「あなたも男なら分かるでしょう? 姫、聖女。清廉潔白で、民に慕われている。冗談のように並べ立てられた褒め文句の数々を手にした彼女が、醜い男に汚されるのですよ? 滑稽で、冒涜的で、悲劇的です! この世にこれほどのエンターテインメントがあるでしょうか!」
彼の瞳は欲望にギラギラと輝いていて、言葉が本心から出たものであることが分かる。
「そんなわけないだろ! どちらかが不幸になる関係が面白いもののあるわけあるか!」
一対一の婚約だろうがハーレムだろうが、どちらかを不幸にする関係が面白いわけがない。
そんなのは従属だ。隷属だ。
結婚、恋愛っていうのはそういうことじゃないはずだ。
しかしカーターの弁舌は熱を増すばかりだった。
「いいえ、いいえ! 想像してみてください。ソフィア姫の顔が苦痛に歪む姿を。何かを必死に我慢するさまを。綺麗な体が醜い男に暴かれる姿を! なんとも滑稽で、無様で、最高ではありませんか!」
俺たちに語りかけるというより、自分の言葉に酔いしれているようだった。爛爛と輝いた目はどこか遠くを見つめている。
「もういいよ、クソ野郎。叩き斬ってやるよ」
「――キョウさん。こらえてください。私が我慢すれば、全部解決することです」
「ッ……ソフィア!」
どうして他ならぬ君がそんなことを言うんだ。
「前にも言いましたが、私はそのくらいの目に遭って当然の人間なんです」
「そんなこと……」
「違うのです! 私はっ、キョウさんの思うような良い人間ではないのです! 中身はひどく醜くて、どうしようもないんです!」
ソフィアの目は、自己嫌悪や怯えを含んでいた。彼女が初めて見せた表情に、俺は戸惑う。
何を言っているんだ、と思った。どうして彼女がそんな風に思うのか、やっぱり理解できない。
戸惑っていると、カーターが静かに俺の疑問に答えた。
「彼女の言うことは事実ですよ。姫聖女の中身は騎士ゴルドー。彼女を守れずに死んで、あまつさえ体を奪い取った不届き者です」
ソフィアの顔が絶望に染まる。それだけは知らないでほしかった、と言っているようだった。
カーターが俺をニヤニヤと見つめる。
「どうですか、主人公気取りの勇者様。失望しましたか? お姫様を助けに来たはずが、正体が男の気持ち悪い化け物だと知ってどんな気分ですか?」
ソフィアの顔には、もう何の表情も浮かんでいなかった。諦観、という言葉を体現したかのようだった。
もうどうなってもいい、という態度。
「さあ、もう茶番は十分でしょう。さっさと家に帰って今日のことは忘れてしまいなさい。こんな気持ち悪い化け物が男に食われたところでどうだっていいでしょう?」
「……」
ぎゅう、と拳を握る。ソフィアの全部諦めたような顔が、頭から離れなかった。
「――関係、ない」
「はい?」
カーターが問い返してくる。
「関係ないって言ったんだ! ソフィアの中身がどうとか性別がどうとか犯した罪がどうだとか、そんなのは全部関係ない! ――俺は、他でもない今のソフィアを助けに来たんだ!」
俺は自分勝手な人間だ。どれだけ拒まれても助けたい人間は助けるし、殴りたい奴は殴る。
ハーレムを目指すのだってそうだ。俺がそうしたいからそうする。
けれど、これは関係ない。女の子だとかハーレムだとかお姫様だとか、そういうのは今は関係ない。俺と話し、笑い、と語り合った彼女を助けるのだ。
俺は自分勝手な人間だから、俺が気に入った人間にはみんな幸せになってほしいのだ。
「話がそれだけならもう十分だ! 俺はここでソフィアを攫って、彼女に自分には価値があるんだと教えてやる」
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