第31話湧き出る亡者たち

「稲妻よ、『ライトニング』」


 俺の後ろからヒビキが飛ばした雷がカーターを襲う。しかし今度は床の下から這い上がってきたゾンビが代わりに雷を受けた。

 その隙間を縫うように走り、俺はカーターに剣による攻撃を試みた。

 しかし、俺の足元から現れたグールが進路を妨害する。

 俺は横なぎに剣を振ってそれを斬り捨てるが、前を見ると既に10体以上のアンデッドが俺とカーターの間に生まれていた。

 

「っ……際限なしかよ」


 見れば、何の変哲もない床だったはずの場所からは亡者たちが溢れ出てきていた。大理石の床からそれらが這い出る原理は分からない。

 しかし、ひどく不気味な光景であることは伝わってきた。

 

 骸骨にゾンビ、それから獣のような死体のようなもの。その数は十ほど。腐臭が充満してきている。生気のない瞳が俺を見つめている。ホラー映画の一幕のようだ。


 背後をちらりと見ると、シュカがひときわ巨大な化け物と戦っていた。彼女の三倍ほどの大きさはあるだろうか。四足歩行で凄まじい突進を繰り出している。

 その身は明らかに生物のものではない。腐った皮。はみ出た腐肉。目には光がない。あれもまたアンデッドの一瞬なのだろう。

 

 死霊術師というのはこんなに厄介なものなのか。

 一体一体はあまり強そうに見えないが、文字通り死を恐れない軍隊なので、肉壁として最適だ。

 俺たちの力を合わせてもなかなか中心にいるカーターに辿り着けない。


 死霊の湧き出る様子を見たヒビキが、俺に大声で呼びかけてきた。

 

「キョウ! 大技を出す! 援護を頼む!」


 彼女の優れた頭は既にこの状況を打開する方法を弾き出していたようだ。

 一体一体倒していてもキリがない。

 となれば、ヒビキの大規模な魔法で一網打尽にするしかない。

 

「――おお、任せた!」


 俺の返事を聞いたヒビキは、すぐに詠唱を始めた。その目は集中するためにキュッと閉じられている。

 彼女は俺が守ってくれると信じてくれているみたいだ。周りが見えないほどに集中した彼女の様子からそのことが伝わってくる。

 

 信頼されてるっていうのは悪い気はしない。それに応えられなければハーレムを作るなんて夢のまた夢だ。

 

「ハッ!」


 剣を振るい、ゾンビの伸ばしてきた手を打ち払う。続く二撃目でゾンビの脆い体を真っ二つにする。


「ぐおおお……」


 しかし、すぐに別のアンデッドがこちらに攻撃を仕掛けてくる。辛うじてそれを斬り捨てる。


「クソッ……やっぱり数が多いな」

 

 馬鹿正直に剣を振っていてはヒビキを守れなそうだ。

 仕方ない。試してみるか。


「『ひれ伏せ』」


 ずん、と骸骨やゾンビがその場に倒れ込んだ。それと同時に、俺の体まで地面に押されるような感覚を受けた。

 

 重力魔法。もともと俺の力ではないそれだが、一度傲慢の魔剣を抜いたことで使い方がなんとなく分かった。

 シュカの体を沈めた時の重力魔法がランクSだとすれば、今のはBランク程度だろうか。強力な魔法だが、自分も動きづらくなるのはキツイな。

 やはり本領を発揮するには魔剣を抜いていないとダメか。


「おい傲慢の魔剣、そろそろ出番じゃないか?」


 剣の柄を握り力を籠める。しかし、動かない。


 この程度自分で切り抜けてみろ。そう俺に言っているようだ。


「チッ……本当に、いけ好かない剣だ!」


 通常の剣を手に、俺は動きを止めたアンデッドたちに襲い掛かる。しかし体が重い。剣を振るたびに疲弊する。しかし重力魔法を使い続けなければ物量の差に押し潰されるだけだろう。

 

 術者である小男は俺の様子をニヤニヤと見ているだけだ。性格の悪い奴め。


「ヒビキ、まだか!?」


 ヒビキは杖を構えて何か高速でつぶやいている。しかし、そんなヒビキの近くまで這いよったゾンビの姿があった。


「ッ! ヒビキ!」


 彼女の身が危ない。守りきれない。身が凍るような危機感に襲われる。唯一無二の親友を失う恐怖。


「まっ……」

 

 手を伸ばした瞬間、轟音が響く。

 ヒビキに襲い掛かろうとしていたゾンビは、後方から文字通り飛んできたシュカの拳によって粉々に粉砕された。


「シュカ!」

「ごめん、遅れた! 意外としぶとくてさ」


 見れば、俺たちの3倍はあるかという大きさのキメラは、緑色の血を大量に流して地面に倒れ込んだ。その表面はほぼ全身がへこんでいて、無事な箇所など一つもない。


「なっ!? キメラは今の私の作れる最高傑作、Sランクにも匹敵する上等品ですよ!?」

「あーうん、生命力はあったね。多分脳みそを10回は潰したけどまだ生きていたから」


 事もなげに言うシュカ。よく見れば、その身には傷一つない。返り血を浴びただけで無傷な彼女は、まだまだ戦意を昂らせていた。


「さて、僕を挑発したツケ、そろそろ払ってもらおうか?」

「ヒヒ……しかしいくら個として強くても、この数のアンデッド相手に――」

「『――其は天よりの裁きなり。雷光よ来たれ――ジャッジメントストーム』」


 目が眩むほどの稲妻が、周辺一帯に広がった。一つ一つに致死の威力が籠められた雷は、俺たちのいる大広間を焼き尽くした。


「おお……すげえ」


 ヒビキの大規模な魔法は、アンデッドを残さず消し炭にしたようだ。見れば、先ほどシュカが倒したキメラすら吹き飛んでいる。

 しかしそんな惨状の中にあっても、小男はまだその場に立っていた。


「ヒ……ヒヒ……ヒヒヒ……なるほど、これが不幸というやつですか。いいでしょういいでしょういいでしょう。――おい貴様ら、私に歯向かったからには普通に死ねると思うなよ?」

「なんだ、絶体絶命なのに威勢がいいな」


 まだ奥の手でもあるのか? 

 カーターの様子が変わる。卑屈で意地の悪い笑みから、邪悪で力あるものの笑みへ。

 シュカが注意深く彼を観察している。彼女にすら警戒させる何かが、カーターにはある。

 

 カーターの出方を窺っていると、大広間に突然澄んだ声が響いた。


「――あなたたち、いったい何をしているのですか!?」

「ソフィア!?」

 

 俺たちが救うべきお姫様、ソフィアの姿がそこにはあった。

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