第29話姫聖女強奪計画

 ソフィアと会ってくる、と言って深夜に出掛けた俺をヒビキとシュカは寝ないで待っていたらしい。

 そんな二人に、開口一番俺は告げた。


「シュカ、ソフィアを救うために一緒に殴り込みするぞ。多分王城に行けばいいだろ」

「おいキョウ、情報収集はどうした!?」


 俺の言葉に、ヒビキが驚いたような声を上げた。

 一方シュカは、待ってましたと言わんばかりの良い笑顔を浮かべた。


「いや、もう情報収集はいい。そういうまどろっこしいのは俺には合わない。ソフィアがどんな様子なのか分かれば十分だ」


 結局のところ、ソフィアは助けてくれとも困っているとも言わなかった。でも、彼女の顔を、目を観察することはできた。

 だから助ける。俺は自分勝手だから、勝手に助ける。しがらみがどうとか期待がどうとか責務がどうかは関係ない。

 

「シュカ、お前は強いんだろ?」

「もちろん!」

「そうだろ。そしてお前に勝った俺も強い」

「そうだね! でもその物言いは腹が立つかな!」


 シュカはニッコリ笑顔で俺を睨むという器用なことをした。


「なら、お姫様一人攫ってくるくらいならできるだろ」

「うん、正面切ってはさすがに厳しいけど、闇に乗じてならいけるね!」

「お、お前ら……馬鹿だとは思ってたけどこんなに馬鹿だったのか!?」


 ヒビキが愕然とした声を出す。


「何他人ズラしてんだヒビキ。お前の馬鹿の一人として王城に喧嘩売るんだぞ」


 お前がいなくちゃ誰が難しいこと考えてくれるんだよ。

 

「はあああ!? 何勝手なことを……いや馬鹿たちだけに任せるわけにはいかないか」


 諦めたように呟くヒビキ。しかし言葉とは裏腹に存外乗り気に見える。

 ヒビキも納得してくれた。これなら、いけるかもしれない。根拠はないが、不思議とそう思えた。


「いいだろう。せっかくチートじみた力を得たんだ。ボクにだってこれを思うままに振るってみたいという欲望くらいある。――やってみようじゃないか、お姫様強奪作戦。望まぬ結婚を控えた花嫁を攫ってくるなんて男心がくすぐられる」


 不敵に笑ったヒビキは、強気な笑顔を浮かべた。

 

 

 ◇



 王城の警備は当然ながら深夜でも厳重だ。頑丈な城壁。見回りの騎士は最低でも剣術Cランク以上。それが10人以上。

 

 しかし、警備の中に不自然な穴がある。東側の門。

 そこには見張りの騎士が二人だけ立っている。しかし、それ以上は何もない。見張り台の上に立つ者もいなければ、松明の火も少ない。


 俺たちは東門の前にある茂みの中から王城を観察していた。

 

「なんでここだけこんなに警備が薄いんだ?」

「これはボクも噂程度に聞いただけだが、貴人の逢引きのためらしいぞ。王城に住まう貴族が夜な夜な女や男を引き入れるために、事情を知っている騎士だけを配置して、彼らが王城に忍び込むのを黙認する。そういう仕組みだ」

「ちょっと不用心すぎないか?」

「そうだな。ただ、この東門は人通りが少なくて利用者も少ない。そして、配置されている騎士も手練れだ」


 鑑定で騎士のスキルを見る。剣術のスキルはA。おそらく、大きな街に一人いればいいレベルの実力者だ。

 しかし。


「手練れね、面白いじゃん」


 シュカが好戦的な笑顔を浮かべて、拳を握る。


「シュカ、音を立てずに一人だ。やれるか?」

「当たり前でしょ。どれだけスキルに恵まれても、奇襲に強いとは限らない。才能の有無が戦いの勝敗を分けるわけじゃないことを証明してあげるよ」


 彼女の使う魔闘術は厳密にはスキルではなく、技術だ。それでもシュカは、高位のスキルに恵まれた騎士一人くらい簡単に倒せると豪語する。

 

「もう一人はヒビキに任せたからね」

「ああ」


 ヒビキの返事を聞き、シュカの気配が薄れていく。夜霧にまぎれた彼女は、やがて静かに攻撃を開始した。


「魔闘術――陰如 不知」


 極限まで薄くした魔力を纏ったシュカは、一瞬で騎士の元へと肉薄する。

 気配がほとんど感じられない。これも彼女の技術なのだろう。目を離せば一瞬で見失ってしまいそうだ。

 彼女は足音も立てずに駆け、騎士の背後から肉薄する。

 

 そして、一閃。振るわれた拳は、手練れの騎士一人を一瞬でノックアウトした。


 その様子を観察しながら、ヒビキは既に詠唱を開始していた。

 

「『万物の根源たる水よ、我が意に応え、姿を変えよ。ウォーターウィップ』」


 次の瞬間、水の塊がもう一人の騎士を襲う。無色の水は一瞬で騎士の元へと殺到すると、鞭のようにしなって騎士の頭に叩きつけられた。

 あっさりと気絶した手練れの騎士二人。それを見て、俺はぽつりと呟くのだった。


「……これ、俺いる?」


 コイツらだけでソフィアを救えばいいんじゃないかな。そう不貞腐れそうになりながら、俺たちは聳え立つ巨大な城へと侵入していった。

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