第28話夜霧の先で
ソフィアに出会えるとすれば、きっと今夜だけだ。俺にはそんな予感があった。
平民にすら婚約の噂が立ったのだ。多分、ソフィアが王都を去るのはそう遠い話じゃない。婚約相手の公爵領に行くのだろう。
だから、急がなければならない。ソフィアの本心を聞かなければ、とても納得できそうにない。
大通りと言えど、深夜になると人通りはない。ほとんどの住民は寝静まった頃だろう。
そもそも通りには街灯などほとんど存在しないのだ。ほとんど周囲が見えない。
加えて、夜の王都には薄っすらと霧が漂っていた。
そんな通りを歩き、目的地へと向かう。
一見何の変哲もないような大通りの一角。
そこにはやはり、彼女の姿があった。夜霧の先にぼんやりと浮かぶ人影は、以前会った時よりもさらに細く、頼りなく見えた。
ここは俺たちが初めて出会って会話をした場所。往来の中でフードを被ったソフィアと話した場所。
思い出の場所だ。
俺たちが出会うのに相応しい場所。否、俺が彼女を見つけるために街を彷徨うとしたら真っ先に行く着く場所。
そこに彼女はいた。
内心はどうあれ、彼女は俺と会おうとするはずだ。俺の推測は正しかった。
後は、言葉を尽くしてソフィアの内面を暴き立てるだけだ。
「ソフィア」
「キョウさん。……まさかとは思っていましたが、本当に来たのですね」
振り向いた彼女の金髪は、夜の闇の中でもよく見えた。今日はフードは被っていないらしい。
ここに来てくれた、ということは彼女もまた俺と話をする意思があるということだろう。
逸る気持ちを抑えて、俺は彼女に問いかけた。
「ソフィア。結婚の話は本当なのか?」
「……はい」
夜霧の向こうからソフィアの澄んだ声が聞こえてくる。嘘はない。霧の先で光る彼女の目を見ればそれは分かる。
「ソフィアはそれを、望んでいるのか?」
「……」
今度は答えがない。ああ、この反応には見覚えがある。以前、山に一緒に行かないかと誘った時と同じだ。自分の本心を押し殺している反応。俺が嫌いな反応だ。
彼女の様子に、自分の中に大きな感情が蠢くのが分かる。それを彼女にぶつけないように押さえつけながら、俺は言葉を続けた。
「ちょっと前、山に行った時話しただろ。ソフィアは立派なことをしたんだから。自分勝手に生きたっていい。楽に生きていいんだって」
「はい」
彼女みたいに優しい人は、もっと自由になっていい。俺はそう伝えたはずだ。
ソフィアの肯定に、俺は彼女に一歩近づいた。
「それなら!」
「――けれども、これは決まったことなんです。陛下もこの決定に賛成しています。今夜抜け出してきたのは、キョウさんにもう私に関わらなくていいということを伝えるためでした」
彼女の言葉は硬い。夜霧の奥で彼女がどんな表情をしているのか分からなかった。
俺はもう自分の感情を抑えきることができなかった。
「――まだ、聞けてないぞ」
「はい?」
「ソフィアがどうしたいのか、まだ聞けてない! 君が嫌だって言えば、今ここで一緒に逃げ出すこともできる! だから、君が本当はどうしたいのかを――」
どうしてそんなに自分をないがしろにするんだ。自分勝手な俺にはまったく理解できない。
本当にそれでいいと思っているなら、ちゃんと俺の目を見て話してくれ。いつもの君のように、言いたいことはハッキリ言ってくれ。
幸せそうにしてくれ。
「ごめんなさい、キョウさん。さようなら」
しかし、彼女はそれ以上語る気はないようだった。
夜闇にすう、と彼女の気配が消えていく。
「まっ待て!」
行かせてはならない。そう直感した俺は、夜霧の中を気配を頼りに彼女の後を追った。
「……消えた?」
夜闇の中、全力で背中を追ったはずなのに彼女の姿はどこにも見えなかった。
もうどちらに向かったのかすら見当がつかない。
「……っ」
歯嚙みする。
自分の中に様々な葛藤が生まれるのが分かる。
多分、ここまで言われたなら諦めるのが筋ってものなのだろう。
ソフィアは一国の姫だ。その進路は国を動かすものになる。俺みたいな何のしがらみもない平民とは違うのだ。
貴族同士の付き合い、ましてや王族の付き合いなんて俺には想像のつかないほどの金銭や利害や動くのだろう。
結婚というものが個人だけじゃなく家同士の問題になることくらい知っている。
「……それでも、納得できない」
やっぱり俺は、自分勝手だ。たとえソフィアがそれに納得していたとしても、俺が納得できない。
なんでソフィアばっかり我慢しなきゃいけないんだ。なんで人のために尽くした彼女が、人のために自分を殺さなきゃいけないんだ。
納得できない。イライラする。居ても立っても居られない。
もともと、ソフィアと話した時点で結論はほとんど出ているようなものだった。
俺は、たとえ自分勝手でも独りよがりでも傍迷惑でも大罪でも、彼女を救うことにした。
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