第27話婚約決定

「おい、聞いたかよ! ソフィア姫の婚約が決まったってよ! お相手はコロンブス公爵。40代のオッサンって話だぞ!」

「……は?」


 聞こえた言葉があまりにも信じられなくて、俺は思わず声を出してしまった。


「ソフィア姫がなんでそんな奴に……? コロンブス公爵って言えば何人もの妾を囲ってるだらしねえ好色家だろ? 姫様はそれに納得してんのかよ」


 その話を聞いた男は少し不機嫌そうだ。

 どう考えてもソフィアがどう思うのかが考慮されていない、と思っているようだ。


「それが分からねえんだよ……騎士に聞いたら、なんでも今回の決定は陛下の意思じゃないとかなんとか……とにかく、平民がとやかく言えることじゃないって言われたな」

「なんだそりゃ! 姫様に一番助けられてるのは俺たち平民だろ!? なんで貴族の一存で姫様の一生を決められなきゃいけなんだよ!」


 彼らの大声は俺たちのいる食堂中に響いていた。俺たち以外の人間もその噂話を聞いているようだ。

 ガヤガヤと他の人も噂話を始める。真偽を確かめようとする者。自分も同じことを聞いた、と熱を持って話す者。雰囲気から察するに、まったくのデマというわけでもないらしい。

 

「おいキョウ、さっきの聞いたか?」


 見れば、先ほどまで眠そうにしていたヒビキが真剣な表情で俺に問いかけてきていた。

 その瞳はいつもの意思の強い光を灯している。

 それに対して俺も瞳に力を籠めて問いかける。

 

「ソフィアの奴、ハーレム作ってるオッサンとの結婚願望があるなんて聞いていたか?」

「いいや。お前が聞いてないんだから聞いてるわけないだろ。とにかくソフィア本人に話を聞きに行こう。教会に行けば聞けるはずだ」


 さっさと朝飯を掻き込むと、俺たちは教会へと向かった。

 

 話を聞きつけたシュカも合流した。彼女はやけに血の気の多い笑顔を浮かべていた。


「キョウ君。とりあえずお姫様に話を聞こう。状況によっては僕がその場で連れ去ってあげるよ」

 

 きっと、ソフィアの意にそぐわない結婚だったらぶち壊してやろうと思っているのだろう。

 彼女は権力や慣習で人を縛ることをひどく嫌っている。あまりに反骨精神が強すぎて故郷を出てきたほどだそうだ。多分彼女は、自らが王国の敵となったとして己の正しいと思うことを為そうとするのだろう。そのあり方は、どこか親近感を覚える。

 俺もまた、ソフィアの意にそぐわないものだったら全部ぶち壊してやろうと思っていたところだ。

 

 しかし、教会の前にはすでにソフィアの結婚の話を聞きつけた住民たちがわらわらと集まっていた。

 

「ソフィア様ー! 結婚の話は本当なのですか!?」

「王都からいなくなってしまうのですか? そんなの嫌です!」

「結婚が嫌なら俺たちに言ってください! デモ起こしてやりますよ!」


状況は混乱しているにも関わらず、教会側からは一般の聖職者が前に出てくるばかりでソフィア本人の姿はどこにも見られない。

 

「キョウ、どうやらソフィアはここにはいないみたいだな」

「ああ。いたら本人が何かしたアクションを起こしているはずだからな」


 優しくて責任感の強いソフィアなら、民衆が暴動をおこしそうな雰囲気を見たら何かせずにはいられなくなっているだろう。

 つまり彼女は、教会の他の別の場所に連れていかれたということだ。

 

「どうするキョウ君。僕が王城に殴り込んであげようか?」


 にや、と好戦的な笑顔を見せるシュカ。しかし声色には真剣な口調が入っている。別に完全に冗談というわけでもなさそうだ。

 いつもは呆れてしまう彼女の無鉄砲ぶりが、今はなんだか心強い。


「俺もできればそうしたいが……もう少し情報を集めてからだな。ヒビキ、こういった時に情報を集めるならどこに行けばいいと思う?」

「そうだな……平民の情報を当たったところで噂話程度しか聞けないだろう。シュカ、Sランク冒険者として貴族とのつながりとかあったりしないか?」

「あったけど、今の僕じゃ姿が変わりすぎて会えないかな」

「そうか、シュカの場合男の姿でしか知られていないのか」

「やはりそうか……」


 彼女がSランク冒険者のシュカであることを証明できる人がいない。となれば、彼女の今までの人脈を使うこともできない。以前冒険者ギルドに行ったときにシュカが本人証明できなかったことからも推測できることだ。


「となると、手がかりを持っているのはキョウだけだな」

「俺?」

 

 ヒビキは俺のことを指さして、言葉を紡いだ。


「ソフィアと一番多くの時間を過ごしてきたのはお前だ。ボクたちに会わせる前に何回も話してきたんだろう? どこで会った? 何を話した? 彼女は何に心を揺さぶられた? ――彼女が助けを求めるのなら、いったいどこに来ると思う?」


 ……そうか。ソフィアと一番話したのは俺だ。彼女のことを一番知っているのも俺だ。

 考えろ。考えろ。


 彼女と出会ってからの短い、けれども濃密で鮮明に覚えている思い出を辿る。

 

 彼女と初めて出会ったのは大通りの一角だった。人混みで偶然俺とぶつかった彼女は、思わずフードの下の顔を見せてしまった。

 

 彼女と会っているのはいつも色気の一つもない裏路地だった。ソフィアは有名人だから、顔を見られたら騒ぎになってしまう。

 

 彼女が何に心を揺さぶられたのか。表面的な感情は見てきたが、彼女がその奥深くで何を考えているのかは分からずじまいだった。

 結局のところ、俺は彼女の根幹に辿り着くことができなかったのかもしれない。

 彼女がどうしてそんな自己犠牲みたいな選択をしたのか俺には分からないからだ。

 登山の時にたしかに納得してくれたはずなのに。ソフィアはソフィアが幸せになるために生きるべき、という言葉は伝わっていなかった。


 だから、彼女がどこでどうやって助けを求めるのかなんて分かるはずもなかった。

 それでも、彼女の行動を推測するくらいならできるかもしれない。

 

「……ヒビキ、分かったかもしれない」


 ハッキリした根拠はない。けれども、俺は一つの推測を立てた。

 彼女がいるとすれば、あそこだ。

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