第22話騎士の無念
王都ブリティアは騎士の街だ。王国の守り手であり人民の憧れである彼らは、平民にも注目されている。
騎士たちの鍛錬しているところは、なんと一般公開されている。
王都の一角にある広場には、この街の誇りである騎士を見るために多くの人が押し寄せる。
騎士を志す若者たちに憧れの姿を見せるためだそうだ。
もっとも、騎士のほとんどは若くから英才教育を受けた貴族たちだ。平民はそうとう腕が立たないと騎士にはなれないそうだ。
騎士同士の立ち合いが始まる頃には、観客は大勢になっていた。ちょっとした観光地のようなありさまだ。
「おおー、これが噂の騎士たちの演武か! うんうん、結構やるね」
シュカは騎士たちの立ち合いを見て声が弾んでいた。その尻尾はぶんぶんと横に振られている。楽しそうだ。
俺たちの目の前では、木剣を持った騎士が立ち会っていた。
戦場に立っているような緊迫感で剣を交えている。
動きが早い。騎士たちの体は軽やかに動くし、木剣は攻撃のたびにひゅんひゅんと風の音がする。
「シュカならあれ、倒せるのか?」
「うん、まあタイマンなら余裕だね。ここにいる騎士のスキルのランクは高くてもA。Sランク冒険者の僕の敵じゃない」
相変わらず自信満々だ。とはいえ、一度戦ったシュカの動きは目の前の騎士より早かった気がする。
「でも騎士の本懐は二人から三人での集団戦だと思うよ。連携の取れた攻撃は、スキルのランク差を覆す。まあ、それをどうにかするのが優れた魔闘術の腕次第だね」
シュカは好戦的に笑う。
「シュカ、ボクも聞きたい。騎士たちは戦いの間に薄っすら魔力を纏っているように見える。あれはお前の魔闘術と同じものなのか?」
「いや、似てるけど別物だね。魔闘術はもっと密度が高くて硬い。あれは剣気。優れた騎士たちが使いこなす術だね」
ヒビキは魔力を纏っているのが見えるのか? 俺には全然見えないんだが……。
「体に纏う魔力は魔闘術師以下だけど、代わりに剣にも魔力が乗っている。あれなら剣による攻撃を強化できる」
なるほど……騎士というのはただ速く剣を振っているだけじゃないらしい。
そんな話をしていると、騎士同士の立ち合いは決着がついたらしい。木剣を寸止めされた騎士が負けを認めると、二人が礼をする。
それを眺めていると、ふいに騎士たちの審判役をした老騎士がこちらに話しかけてきた。
「そこの獣人の方。そうとう腕が立つように見えますが、良ければ若い騎士と立ち会ってくださいませんか?」
「えっ? いいの!?」
話しかけられたシュカが弾んだ声を上げる。
「ええ、いい経験になるでしょうから、是非に」
「やったあ! ボコボコにしても文句言わないでよ?」
挑発的な言葉を吐きながら騎士の元へと小走りで向かうシュカ。老騎士に促された若い騎士が、木剣を持って前に出てきた。
「彼女に渡す木剣はどこに?」
「いいや、彼女は魔闘術師だろう。武器は不要、そうだろう?」
「よく分かってんじゃん!」
騎士の前に立ったシュカが、準備運動でもするように軽く首を回す。
「魔闘術師……噂にしか聞いたことがありませんが、本当に素手で戦えるのですか?」
「戦えば分かるだろう。気を引き締めろよ」
半信半疑、と言った様子で若い騎士が剣を構える。それに合わせてシュカが緩く拳を構えた。
「はじめっ!」
開始の合図と同時に、シュカの姿が搔き消える。再び現れた彼女は、既に騎士の背後に回っていた。
「ッ」
「隙だらけっ!」
若い騎士が気づいたのは、シュカが拳を振り出しているところだった。
しかし、一瞬で身を翻した騎士は拳に合わせて剣を突き出し、辛うじて防御をした。
シュカの拳と剣がぶつかり合い、まるで金属を打ち合わせたような重たい音が鳴った。
「いてて……やっぱり真正面からぶつかると痛いなあ……!」
「これが……魔闘術師……!」
若い騎士の顔が引き締まる。今の攻防で、相手がただならぬ相手であることが分かったようだ。
次に仕掛けたのは若い騎士だった。防御から素早く体勢を整えた彼は、剣を構えてスキルを発動した。
「フレーゲル剣術中伝 ツインバイト!」
鋭い横なぎの一撃。シュカはそれを上体を逸らして避ける。体の柔軟性を存分に活かして回避だ。
しかし、騎士の攻撃はそれだけではなかった。振り切った直後の剣が翻り、もう一度シュカを襲った。
「ハハッ! そのスキルは初めて見たな!」
体勢を崩したシュカはそれを避けられないように見えた。
しかし、彼女はむき出しの拳を突き出すと、剣先に撫でるように触れて攻撃を逸らした。
「魔闘術――流水」
シュカの体が滑らかに動く。まるで流れる水のように攻撃を逸らす様は芸術とすら言える。
「魔闘術――烈火 噴口」
シュカの拳が、燃え盛る炎の如き勢いで打ちあがり、騎士の顎をかちあげた。騎士の剣の動きよりも早い、見事な拳の一撃だった。
浮き上がり、地面に落ちてきた騎士は完全に気絶していた。
「勝負あり」
おお、とギャラリーからどよめきが上がる。シュカはこっちを見て、笑顔でピースしていた。
騎士たちの公開鍛錬が終わると、俺たちの元を審判役をしていた老騎士が訪ねてきた。
「先ほどの立ち合いでは若い者の相手をしてくださりありがとうございました。シュカ殿、とお呼びしても?」
「うん、大丈夫。僕も意外と面白かったよ。ありがとう。でも強いて言えば君と戦いたかったかな?」
「はは、この老骨は半ば引退したようなもの。無理ですよ」
「またまたー。あの場で一人だけ僕の動きを最後まで目で追ってたでしょ?」
謙遜する老騎士だが、近くで見ると筋肉質な腕は丸太のように太いし、目には独特の迫力がある。たしかに強そうだ。
会話する老騎士とシュカの間には不思議な親近感のようなものがあるように見えた。強者同士で分かり合っている、と言えばいいだろうか。
「剣を持たぬ者の戦いは我ら騎士は見る機会がありませんので、参考にさせていただきます」
「剣を持たない戦いに興味があるの? 騎士なのに?」
「ええ。――真の騎士は剣すら必要としない。かつてフレーゲル剣術を極めた騎士が残した名言です。私如きではその言葉の真意は分かりませんが」
その言葉に、シュカは少しだけ驚いたような顔を見せた。
「でも、騎士は僕たちみたいな魔闘術師を軽視しているって聞いたけどな。戦いに誇りがないとかなんとか」
「はは、確かに以前ならそうだったでしょう。しかし私たち騎士は魔王ソウルドミネーターとの戦いで悟ったのです。誇りで人は守れません。強さだけが、人を人である権利を与えてくれるのです」
老騎士の言葉には、不思議な重みがあった。
「魔王……王都は少し前まで魔王との戦いを繰り広げていたと聞きました」
「ええ。――最悪の魔王、ソウルドミネーターは、卑劣な王でした。アンデッドの王である彼は、誇りのないゾンビやスケルトンたちを私たちに差し向けました。加えて、ソウルドミネーターの配下たちは近づくと爆発を起こすものもいました。魔王が最も得意としたのが、自爆攻撃だったのです。その結果大勢の騎士が死にました」
その時の光景を思い出したのか、老騎士がわずかに目を細めた。
「結局のところ、誇りや信念は生死を分けなかったのです。もっとも、かの魔王を倒した二人だけは違いましたな。」
「二人っていうと……姫聖女とその騎士の話か?」
露店で聞いた話を思いだす。魔王を倒した聖女のお姫様と、それに付き従った騎士の話。
「ええ。ソフィア姫様は当然として、騎士ゴルドーは私たち騎士の理想を体現したような若者でした。優しい心を持ち、礼節を弁え、その上誰よりも剣の腕が立った。……あそこで死んでいい若者でなかったのは確かです」
老騎士が目を伏せる。彼の無念が伝わってきて、俺たちは口をつぐんだ。
「……年を取ると昔話ばかりでいけませんね。皆さんは勇者の使命のために魔王を討伐するのでしょう? この話を教訓として覚えていただければ幸いです」
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