第23話姫と騎士の物語、その末路

 姫聖女ソフィアは、自室の窓の外を眺めながらぼんやりと物思いにふける。

 憂いを含んだ顔は、男が見れば息をのむほどの美しさだ。美貌を持つお姫様は、何をしても絵画のように様になる。

 

 しかし彼女は――彼は、本来それを眺める側の立場だったのだ。



 

 ――騎士ゴルドーとはかつての私の名前だった。

 王国の貴族の家に生まれ、剣の才能に恵まれた私は王都の騎士団の入団試験に合格し、研鑽を積んだ。


 驕りではなく、自分は剣においては騎士の中でも天才だった。王国最大の剣術大会、フレーゲル杯で優勝したのは14歳の時のことだった。当時の騎士団長を下して栄光を手にした私は、様々な貴人から自分の警護を打診された。


 その上で、私はソフィア様の元で勤めることを選んだ。


 姫聖女、ソフィア様はかつて例を見ないほど稀有な王族だった。

 その名前の通り、王族として史上初めて聖女としての力に恵まれたのだ。

 

 聖女とは、当代で最も聖魔法の扱いに優れた人のことを示す言葉だ。そのため、戦となれば前線に立ち、騎士や兵士の援護をする。

 私は、そんな立派な人を守るという大きな仕事ができることを喜んだ。

 

 ソフィア様は、能力だけでなく人格まで優れた方だった。高貴な身分にも関わらず、どんな人間にも平等に接する。驕った様子一つなく、自分のできることを淡々とこなす。

 それでいてハッキリとした意志の強さを持っていて、決断するべきことを決断する力を持っていた。

 そんなソフィア様を、王都の民は大いに慕い、期待した。

 魔王が王都に攻めてきた時も、ソフィア様がいればなんとかなくと信じられた。

 

 そんな力に恵まれ、重い責任を負わされて辛くないのか、と姫様に聞いたことがある。

 交流を重ねていくうち彼女にすっかり惚れていた私は、彼女がつらいと言うなら彼女を連れてこの国を出ていく気概すらあった。私が忠誠を捧げていたのは、国ではなく姫様だったのだ。


「ゴルドー、私を気遣ってくれてありがとうございます。けれども、私は今の自分に満足しているんですよ」

「満足、ですか」

「はい。私は誰よりも他人を救える力を手に入れました。つまり、誰よりも人の笑顔を見ることができるのです」

「笑顔を……」


 その言葉を言う姫様は、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 それは、誰よりも優しい姫様らしい言葉だった。

 

 この言葉を聞いて、やはり自分はこの人に剣を捧げようと思えた。

 素晴らしい主君を持てた騎士である自分は幸せだと、本気で思えた。



 けれども、私の人生は、あの時全く違うものになってしまった。

 もともとゴルドーと呼ばれる騎士だった私は、お慕い申していた主君、姫様の体に乗り移ってしまった。


 ――すべての原因は、あの時私が姫様を守れなかったことだ。


 

 


 姫様の騎士である私は、戦場に立つ彼女を守る責務がある。姫様の近くに控える代わりに、私は姫様の援護を存分に受け取れるのだ。

 

「『主よ、この者に祝福を与え給え』」


 ソフィア様の元から眩い光が溢れ出し、私の体を優しく包み込む。これは身体能力強化の聖魔法だ。

 類まれなる聖魔法の才能を持つ姫様が使うそれは、私の体に大きな力を与える。

 剣を握る腕が軽い。今ならどんな敵でも斬れる気がした。

 

「ソフィア様、ありがとうございます」


 礼を言いながら、私は剣を構える。視線の先にいるのは、王都を脅かす最悪の魔王、ソウルドミネーターだった。


「ヒヒヒ……クソガキが二人集まったところでいったい何ができるというです……! 私の魂コレクションに加えて差し上げましょう」


 醜い見た目をした魔王だった。

 人型のシルエットの上には骸骨や腐った人肉の悪趣味な装飾。死霊術師とは皆あんな趣味なのだろうか。

 その体には、邪悪な気配が満ちている。

 

「行け、魂ども!」


 ソウルドミネーターが手を突き出すと、人魂が飛び出して私に襲い掛かってきた。数は二つ。鬼火のようなそれは、ソウルドミネーターの意思一つで爆発する。そのため、素早く斬らなければならない。

 どちらも、王国民を殺して得た魂だろう。やはりこの魔王はここで討伐しなければ。

 

「フレーゲル剣術中伝――ツインスパイク」


 スキルを発動し、剣を振るう。二振りの連撃。

 私の剣術のスキルは最高峰のSS。剣先は一瞬で走り人魂を弾き飛ばした。


「姫様!」

「はい! 『邪なるものを打ち祓い給え、セイクリッドインパクト』!」


 姫様の杖から眩いばかりの光が溢れ出すと、ソウルドミネーターの元へと一瞬で飛んで行った。


「ぐ、がああああああああああ!」


 聖魔法はアンデッドに対して絶大な効果を発揮する。魔王ソウルドミネーターは魂を扱うアンデッドだ。苦しむその様子はかなり弱っているように見える。


「ゴルドー!」

「はい! おおおおお!」


 怯んだソウルドミネーターに向けて、私は剣を構えて突っ込んだ。

 剣気を解放、身体能力を一気に向上させる。

 激戦の中で私の魔力は消耗していたが、それでもとっておきを放つ体力は残っていた。

 

 剣を頭の上まで振り上げる。魔力を一層剣に籠める。すると、剣が風を纏い始めた。凝縮された剣気は物理現象すら巻き起こす。

 剣を中心にごうごうと音を立てる竜巻が起こる。長い修練の果てに私が行きついた斬撃の極致だ。単に斬るだけにとどまらない破壊を起こす剣。

 

 私はそれを、ソウルドミネーターめがけて一気に振り下ろした。

 

「フレーゲル剣術奥伝――アースディヴァイド」


 斬った。そう確信できる渾身の一撃だった。

 フレーゲル剣術奥伝は現代騎士の中でも使い手は二人だけ。開祖から受け継がれた、一撃必殺の大技だ。

 振り下ろした刃はソウルドミネーターの体を真っ二つに分断し、風がその皮膚をめちゃくちゃに切り裂き、勢いのままに地面に大きな切り傷を作った。


「が、は……ヒッ」


 真っ二つになったソウルドミネーターの顔が醜い笑みを浮かべる。明らかな致命傷にも関わらず不気味な表情。

 それを見た瞬間、私は次に起こる出来事を予感した。


「姫様!」


 何よりも守るべき方に向かって、私は走った。魔王ソウルドミネーターの力は魂の収集とその活用。その中でも特に厄介だったのが配下を使った自爆攻撃だ。

 であれば、自分の魂を使った自爆攻撃もできるだろう。この悪辣な魔王が最後にやることと言えば、自身の魂を使った最大火力の自爆だろう。


「ゴルドー!」 

「ッ――貴女だけでも、生きてください」


 私の名を叫ぶ姫様の体を覆いかぶさって地面に伏せる。

 姫様はこんなところで死んでいい人ではない。もっともっと沢山の人を救える人なのだから。


 背後から耳をつんざく爆発音がする。

 華奢な体を抱きかかえて、私は背後から聞こえる爆音にそなえた。


 

 ◇


 

 「……え?」


 目が覚めて、私はすぐに違和感に気づいた。自身の体の調子を把握するのは騎士の義務だ。しかし全身が体に違和感を訴えている。

 

 自らの体を見下ろす。細い腕。高い声。長い金髪。憧れ、慕い続けた方の姿。

 眩暈がする。ありえない現実に頭が追い付かない。

 

「――そんなはずは」


 豪華な部屋の鏡を見て、自分の姿を確認する。見覚えのある、ずっとお慕いしていた主君の姿。

 

 ああ、やはりだ。

 私は、姫様の体を奪っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る