第20話路地裏の密会

「さてと、今度はどの店を冷やかそうか」


 ぶらぶら歩きながらあたりを見渡す。王都は相変わらず人が多い。

 太陽もやや傾いてきた。そろそろ帰りのことも考えるべきだろうか。

 

 そんなことを思っていると、周囲への注意が疎かになっていたらしい。

 突然人混みの中から飛び出してきたフードの少女とぶつかってしまった。


「おっと、すいません」

「……いえ」


 謝ってその場を去ろうとして、俺は少女の顔を二度見してしまった。

 目深にかぶったフードの下。見事な金髪碧眼に、白い肌。

 それは教会で先ほど会った姫聖女だった。


「あ、あれひめ――」

「あ、あああの! 私はこれで!」


 急いで俺から遠ざかろうとする彼女だが、急に走り出すので前をよく見えていないようだった。往来を行く人に衝突しそうになっている。


「いやいや、前見て前」


 慌てて彼女の腕を掴んで、衝突するのを避ける。

 手に伝わってくるほっそりとした腕の感覚。腕を掴まれた彼女が身を強張らせる。


「あ、ごめん、急に腕なんて掴んで」


 ぱっと腕を離すが、彼女はその場を立ち去ろうとはしなかった。

 逃げるのは諦めたらしい。ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「あなたは、たしか先ほど治療に来ていた方ですよね」

「え? よく覚えてたね」


 あの場には、俺以外に数十人が訪れていたはずだが。


「私を頼ってくださった方のことですからね。覚えていますよ」

「へえ……」


 どうやら、目の前の姫様は本当に噂通りに人格的にも優れた人らしい。心の底から自分のことを頼ってくれたことに感謝しているようだ。

 そういう姿を見せられると、俺みたいな人間はちょっとだけ意地悪なことを言いたくなるものだ。

 

「じゃあ、感謝ついでにちょっと付き合ってよ」

「……はい?」


 困ったような顔を浮かべる彼女に、俺はついてくるように言った。


 

「このような路地裏は危ないのではありませんか?」

「ああー、まあいざとなれば俺が戦えばいいから、大丈夫だよ」


 ここに来るまででなんとなく分かった。俺なら、人間相手にはそう遅れは取らない。それこそシュカのようなとんでもない猛者が出てこない限りは、スキルの強さで勝てるだろう。

 普通の人間が持っているスキルは良くてもC程度。普通に剣術Bの実力を出せれば勝てる。


 それに、姫との密会だなんて男のロマンじゃないか! どっちかっていうと、ここで悪者が襲ってきて姫を華麗に守るシチュエーションを体験してみたい。

 

「どうして、私などと話を?」

「などとって……いや本物のお姫様なんて初めて見たからさ。ちょっと話してみたなあとか思ったわけ」

「それだけではないですよね」

「……」


 意外な指摘を受けて、俺は固まった。


「あなたは――失礼、お名前はなんというのですか?」

「キョウと呼んでくれ」

「キョウさんは、王都に住む皆さんとは違います。私のことなど知らず、熱に浮かされた様子もない」


 ああ、やっぱりただのチヤホヤされて喜んでいるだけのお姫様じゃなかったみたいだ。


「いったい、何を考えているんですか?」

「男が可愛い女の子と話すのに理由がいるか?」

「フフ、キョウさんは冗談がうまいですね。それ以外に理由があるのでしょう?」


 いや、普通に本心だけどなあ。

 仕方なく、俺は自分の考えを口にした。


「気になったんだよ。姫様がどんな人なのか」

「私が?」

「ああ、慕われて頼られて、忙しそうな君が現状についてどう思っているのか」

「なぜ……」

「だって、不満が一つもないのならそんな顔してお忍びで街を歩いていたりしないだろ」

「……キョウさん」


 それに俺は、一目見て彼女を気に入ってしまったのだ。お姫様っていう肩書きだけじゃなく、立ち振舞いから感じられる誠実さとか、そういうものが気に入った。


「……そうですね。たしかに私は、今の状況に思うところがあったからこそ、監視を抜け出してここまで来ました」

「俺で良ければ話してみてよ」


 間髪開けずに言う。

 やや黙って思考を巡らしたソフィアは、やがて静かに語り出した。

 

「……はい。私を頼ってくださる方は以前よりも増えました。王都の皆さんは私を慕ってくださっています。――けれど、私がその信頼を受け取っていいのかずっと疑問に思っているのです」

「それはなぜ?」

「はい。私は、私を守ってくれた人を死なせました」


 うつむいた彼女は、死んだ誰かを悼んでいるようだった。


「彼女は私などよりずっと優しい人でした」

「今の姫様より優しい人か? あんまり想像できないけど」

「いいえ。本当に優しくて、そして勇敢な人でした」

「……それで、その人のことと姫様の賞賛に引け目を感じることに何か関係があるのか?」

「私が受ける賞賛は、本来彼女が受け取るべきものでした」

「なんだそれ。そんなの関係なくないか」


 死んだらそれまでだ。彼女はこそが私の分まで、なんて感傷には意味がない。


「他の方に言っても分かってもらえないと思います。でも、私は今の私に違和感――あるいは嫌悪感と言えばいいでしょうか。そういったものを感じています」

「へえ、確かに分からないな」


 分からない。でも、なにも言えないわけじゃない。


「でも、俺はそういうこと言うソフィアが嫌いじゃないな」

「……え?」


 意外そうに目を見開く彼女に、俺は告げる。


「恵まれた環境にいてなお自分の境遇に疑問を持ち続けることは難しい。それは多分、俺の故郷だろうとこの国だろうと変わらない。俺は、そういう人間の方が好きだ」


 俺の言葉に、彼女は綺麗な目を開いていた。


「……ありがとう、ございます。キョウさんは、色んなことを考えてるんですね」

「いや、全然。たいてい自分のことしか考えてない。ソフィアとは正反対だ」


 だからこそ、彼女みたいな人は素直に凄いと思える。


「自分のことですか。キョウさんは、いったいどんなことを考えて過ごしているんですか?」

「そりゃあもちろん、ハーレムかな!」

「はあ……はーれむ、ですか」

「そうそう、たくさんの女の子に囲まれて、チヤホヤされるの!」

「どうしてハーレムしたいんですか?」

「どうして? ……そりゃあ、ハーレムしたいからだよ!」

「……はあ」


 いまいち意味が分からない、と首をかしげるソフィア。


「それこそ王族でもない限り、男性は生涯一人の女性を愛するものではないのですか?」

「……あっはは! ソフィアはかたいなあ! 男なら、道ならぬ恋の一つや二つくらいするものだよ」

「では、キョウさんは今までどんな女性と関係を持ってきたのですか?」


 純粋な瞳が痛い。彼女いたことないとか言いづらいな。

 

「グッ……それは、異なる次元の女性と、かな?」

「へえ、なんだかカッコイイですね!」


 急に目をキラキラさせてソフィアが俺に顔を近づけてきた。造形の整った顔が急に近づいてきて、俺は赤面する。


「次元が違うとは具体的にどんな女性だったのでしょうか? 身体的に? あるいは精神的にでしょうか? そんな女性と付き合ってきたキョウさんは、きっと色んなことを吸収したのでしょうね!」

「あー、うんうん、マジ貴重な経験だった! 俺はワンランクもツーランクも成長できたね!」


 あの画面の向こうのヒロインたちは俺を育ててくれたも同然だ。嘘は言っていない。

 

「なるほど、キョウさんは私の知らない世界のことをいろいろ知っているのですね」

「ああ、まあ俺は勇者とか言われる人間で、文字通り別世界から来たからな」

「そうなのですね! ……もっと色々話を聞きたいのですが、あまり時間がありませんね」

 

 あたりを見渡すと、夕暮れを通り越してわずかに暗くなっていた。


「キョウさん、今度また、会ってくださいますか」

「いいけど……お姫様っていうのはそんな簡単に人と会えるものなのか?」

「普通はそうではありませんが、今日のように抜け出してきてしまえばいいのです。……私も、キョウさんを見習って少しだけ自分勝手になることにします」

「ソフィア……」


 茶目っ気のある笑顔の彼女は、今日見た中で一番かわいく見えた。

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