第19話姫と騎士の物語

 王都を冷やかしに歩くのは存外悪くない。

 もともと俺は、知らない場所をぶらぶらすことが好きだ。

 さらに、ここは異世界だ。目に映る一つ一つが新鮮に映る。当たり前のようにケモ耳の生えた人が歩いていたり、鎧を着た騎士らしい人が見回りをしていたりする。


 適当な露店にふらりと寄り、店主に話しかける。

 俺がこの店に来た理由は一つ。店主が綺麗なお姉さんだったからだ。

 

「どうもーっす。何売ってんですか?」

「あら、いらっしゃい。うちで売ってるのは観光客向けのお土産ね。お兄さんは都会慣れしてるように見えるけど、外から来た人なの?」

「いやあ、それが実は王都は初めてで。ちょっと勝手が分からないから、教えてほしいかなーって」

「それはお気の毒ね。でも私、お客さんでもない人と雑談する趣味はないの」


 にっこりと、大人の笑みでお姉さんは俺と目を合わせた。……つまり、何か買えと。

 

「あー、このアクセサリーは何ですか?」

「よく聞いてくれたわね。それは姫聖女様をイメージした杖のミニチュア。この店の一番人気よ」


 姫聖女は先ほど教会に行った時に会ったソフィアのことだよな。たしかに綺麗な人だったので、有名人になるのも分かる。

 

「へえ、姫聖女っていうのは本当にここでは人気なんですね」

「まあそりゃあね、なんてったって王都のヒロインだからね。もちろん私だって尊敬してるよ」


 それは凄い。男だけでなく女性にも好かれているのは、本当に人望がある姫みたいだ。


「なんてったって姫様のグッズが一番売れ行きがいいのよ。杖のレプリカに、彫刻、物語まで、幅広く金を生み出してくれる。あんな気前の良い王族は他にはいないわ!」

「ゲスいな商売人!」


 このお姉さん、王族に対して不敬ってレベルじゃねえぞ。しかし欲望に目をギラギラさせたお姉さんはそういうことをあまり気にしていなそうだった。


「そんなことして、怒られないんですか? 著作権とか肖像権とか、いろいろありますよね」

「ちょさ……?」


 あ、グッズ使用料とかいらない世界ね。なるほど。俺の言葉がスキルによってうまく翻訳されなかったことから、この世界では使われていない言葉なんだろうと認識する。

 

「まあ本当なら怒られるっていうのは、あんたの言う通りね。ちょっと前なら、こんな商売しようものなら不敬罪で首でも刎ねられていてただろうから」

「シャ、シャレじゃすまないっすね」


 怖い。中世ヨーロッパ風世界怖い。

 

「もちろんそうよ。でも姫様はとにかく優しいことで知られててね。かの魔王を倒したのに驕ったところが一つもなくて、平民にも優しくしてくれる。そんな姫様の優しさが人気を生んで、関係商品が売れるようになった。私たち商人はその恩恵をありがたく受け取ってるってわけ」


 口ぶりから察するに、姫聖女の人気にあやかった商品を売っているのは彼女だけじゃないらしい。

 

「こっちのアクセサリーは杖と剣が交錯してますね。これはどういう商品ですか?」


 先ほどの杖だけのものと違い、剣がかたどられたそれは、清廉潔白な姫聖女には不似合いに見えた。


「ああ、剣の方は天才騎士ゴルドーのイメージだね」

「え、お姫様じゃなくて?」

「ええ。その説明をするとちょっと長くなるけどねえ。一年くらい前まで、王都はとある魔王と戦っていたんだよ」


 魔王。人類の敵。魔物を統べるもの。魔神の配下である化け物のボス。俺たち勇者が倒すべき敵だ。


「その魔王の討伐に挑んだのが、歴代最強の治癒術師である姫様。それから姫様の騎士、わずか15歳にしてフレーゲル剣術を修めたゴルドー様だったってわけ」

「15歳の子どもに大儀を任せたんですか?」

「もっとも優れた騎士だったからね。それに、姫様からの信頼も厚かった。同い年で主従関係を築いた二人は仲が良いことで有名だった。恋仲なんじゃないかって噂も立ったわね」


 女店主の言葉に少し力が籠った。

 姫と騎士のラブロマンス。それは平民から見れば憧れの的なんだろう。


「でも、結局ゴルドー様は魔王討伐の際に死亡した。卑劣な自爆攻撃から姫様を守るためにね。ゴルドー様の人気は、その悲劇的な最期が物語的にも美しいことが関係しているかもね」


 ふーん。あれか源義経とかジャンヌダルクと同じで、悲劇の英雄ってやつか。人気になるわけだ。


「それでお兄さん、買うの、買わないの?」


 なんだ、もう話はおしまいか。俺はアクセサリーをそっと戻す。


「ごめんお姉さん。俺金なかったわ! また今度買いに来るね!」


 後ろに下がると、俺は露店に背中を向けて一目散に駆けだす。

 

「はあ!? あんた。ちょ、買う気がないなら来るなあああああ!」


 背後から罵声を浴びせられながら、俺はその場を去った。

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