お嬢とお出かけ

 しかしかくまうと言っても、明確にどうすればいいのか僕には検討もつかなかった。


 そんな時、「私、ショッピングモールへ行ってみたいです!」という梅子の提案があり、僕らは隣町にある大型ショッピングモールへと向かうことに。


 隣町へはバスで向かうことになったのだが、梅子は所持金がないようなので、おそらく僕が立て替えることになるだろう。


 バスへ乗り込む時に乗車券を取りながら、そんなことを思った。


 車内に進むと、梅子は窓側がいいと先に座席に掛け、窓に顔を張り付かせる。


 かくまわれなければならない身のはずなのに、なんと軽率な行動かとも思ったのだが、彼女の楽しそうな横顔を見たらそんな言葉は引っ込んだ。


「バス、乗ったことないの?」


 僕が梅子の背中に問うと、「ええ。いつも車での移動なので」と梅子は窓を見つめたままに答える。


 箱入り娘って感じなのかな。

 そんなことを思いながら、梅子の背を見つめた。




 乗車すること二十分。目的のショッピングモールに到着した。


「ここが、かの有名な、ショッピングモール」


 バスを降りた途端に、梅子は感慨深そうな視線を目の前にあるショッピングモールに向けていた。


「ここは有名ってほど、有名なショッピングモールでもないと思うぞ」


「鈴木君。人が感慨に耽っているときに、そういうことを言うものじゃ無いですよ!」


「ああ、ごめん」


 いや、でも実際ここのショッピングモールはどこにでもあるただのショッピングモールと変わらないんだけどなあ。


 そこまで梅子が感動する意味を、この時の僕はまだわからなかったが、実際にモール内を歩いているうちにその理由がわかったのだった。


「あ、見てください鈴木君! あのお店、アクセサリーが山のように置いてありますよ!」


「あちらの洋服屋さんには、同じデザインのものがあんなに並んでっ! 壮観です!!」


 梅子は横切る店、横切る店で目を輝かせ、まるでおもちゃ屋さんに連れて行ってもらえた幼稚園児のようにはしゃいでいた。


 どうやら彼女はかなりの世間知らずらしい。ショッピングモールも今日が初めてなのだろう。


「見てくださいっ! 食べ物屋さんまでありますよ!! 行きましょう鈴木君。クレープが私たちを待っています!!」


「はいはい」


 そのクレープ代を出すのは僕なんだけどね。しかし、クレープが待っているって。


 意外と子供っぽい一面のある梅子に鈴木はクスリと笑う。


 初めて会った時は和装で敬語ということもあり、もっと大人びた性格だと思っていたのだが、実際はそうでもないらしいということがわかったからだった。


 クレープを注文して受け取ると、僕らは店の前にある丸机の置いてある席に掛ける。


 椅子に掛けてからも梅子は、手の中にあるいちごクレープを見つめながら、ずっとうっとりしているようだった。


「食べないの?」


 僕はチョコクレープを半分食べたところで彼女にそう尋ねると、


「食べます。ただ、もったいなくて……」


 今にも抱擁しそうな勢いの視線をクレープに向けながら梅子はそう答えた。


「また来ればいいじゃない。ここのショッピングモールは隣町にあるんだし」


 とそこまで言って、彼女が何者かにあの梅屋敷に連れてこられた存在だったことを思い出す。


 僕にとってここは当たり前のような場所かもしれないが、彼女にとっては最初で最後の場所なのだ。


「……時間かかってもいいからさ。ゆっくり食べなよ」


 僕がそう言うと、梅子は「はい」と嬉しそうに笑った。


 その笑みに、僕は思わず見惚れていた。


 彼女はクレープに包まれているホイップクリームと同じくらい純白な肌で、そのいちごのように可愛らしく色づいた頬をしているんだなと思いながら。




 クレープを食べたのち、梅子は近くの公園を散歩したいと言い出した。


 どうやらバスで横切った時からその公園が気になっていたらしい。


「でも、あまり屋外に出ると追手に見つかるんじゃ」


「少しくらいは大丈夫ですよ! 行きましょう」と梅子に手を取られ、僕はショッピングモールを出る。


「良い天気ですね」


 梅子は両手を天に向かって伸ばしながら、気持ちよさそうに言った。


 春の風が頬や髪をそっとなでるように、僕らをすり抜けていく。柔らかい日差しが燦々と降り注いだ芝生は、イキイキとして見えた。


 僕らは今、ショッピングモールから少し歩いたところにある、大きな公園の遊歩道を並んで歩いている。


「呑気なもんだな」


「え? 何がです?」


 梅子はキョトンとした顔をしていた。


 もしかして、目的を忘れているんじゃないよな?


 呆れた僕は「かくまうって話」とため息混じりで彼女に言った。


 梅子はポンっと手を打つと、「そうでした、そうでした!」と頷く。


「大事なことだろ……」


 なんで今思い出したみたいなリアクションするかなあ。とまたため息が出る。


「楽しかったので、つい。鈴木君はエスコートが上手ですね」


 梅子はふわりと笑いながらそう言った。


 その言葉がなんだかくすぐったくて、僕は彼女から目を逸らす。


「茶化すなよ」


「本当のことですから」と梅子は口元に手を当てて笑った。


「しかし、抜け出してきて良かったです。もしも閉じこもったままだったら、こんなに楽しい経験はできなかったかもしれないですから」


 物悲しそうに梅子はそう言うと、今度は僕の方へ顔を向けてニコッと微笑む。


「鈴木君にもこうして出会えましたしね」


「そういうの、やめろって! なんか、恥ずかしいだろ」


「あらあら。意外とうぶなんですねぇ」


 梅子は意地悪な顔をして言った。


「かくまってもらっている人間の態度じゃないよな!」


「そうでしたね」と梅子は楽しそうだった。


 そんな梅子を見て、この子のことをどうしたら守り抜けるだろうかと僕は考えを巡らすが、すぐに答えは見出せなかった。


 このまま逃げていても、いずれ梅子の追手に見つかってしまうだろう。


 しかし、これだけ派手に行動していても、まったく追われているような感覚がない。彼女はいったい何から逃げているのだろうか。


 隣の楽しそうに上下する梅子の頭を見ながら、僕はそんなことを思う。


「あ、鈴木君! 見てください、梅の木ですよ!!」


 梅子が指さした方向には、可愛らしいピンクの花をつけた満開の梅の木があった。その下にはペンキが薄れた青いベンチもある。


 名前に梅がついているくらいだから、きっと彼女は梅の花が好きなのかもしれない。


 梅の木を見つけてはしゃいだ彼女を見て、僕はそう感じた。


「あの木の下で少し休憩しようか」


「はい!」


 その青いベンチはちょうど梅の木が影になっていて、木の葉の隙間から漏れる光が点々と落ちていた。そこに僕と梅子は並んで腰をかける。


 ふと顔を上げると、空に雲ひとつない青が広がっていた。


「なんだか眠たくなっちゃいますね」


 梅子はそう言いながらあくびをする。


「勘弁してくれよ。梅子嬢を背負って逃げる羽目になるのは嫌だからな」


「あら、私はそんなに重たくないですよ?」


「女の子って見た目は軽そうだけど、やっぱり人間だからそれなりに体重はあるじゃないか」


 以前、転んで歩けなくなった妹を背負った時、見た目以上の重さがあったことに驚いたものである。


「女の子によくそんな失礼なことを言えますね?」


「なんか、梅子嬢なら許してくれるかなと」


「私だってちゃんと怒りますよっ」

 梅子はそう言って頬を膨らませた。


 その顔は、口いっぱいにひまわりの種を詰め込んだハムスターみたいでなんだか可愛い。


「ごめんごめん。まあ、いざとなったら背負って逃げることもやぶさかじゃないからさ。機嫌直してよ」


「わかりました。よろしくお願いしますね」


 梅子はそう言いながらクスクスと笑った。


 どうやら機嫌を直してくれたらしい。というか、もともとそんなに怒っている様子もなかったと思う。たんに彼女は悪戯好きなのだろう。


「けど、これからどうする? 僕の家に泊めるわけにも行かないだろうし」


「ええ、それなら――」


 梅子が言いかけた時、どこか遠くの方で大人の女性の声がした。


「やっと見つけたわよ、モモ!」


 その声の方へ顔を向けると、白地に大きな花柄のついた着物を着た女性と紺色の袢纏はんてんを羽織った年配の男性がいた。


「逃げましょう、鈴木君」


 梅子はトランポリンで跳ねるかのように素早く立ち上がると、女性たちの反対方向へ駆けていく。


「梅子嬢? 待ってよ!!」


 あの大人の人たちは誰なんだろう。それに、『モモ』って?


 そんな疑問を抱きつつ、僕は駆けていく梅子を追ったのだった。

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