お節介な守護者は表情筋を動かす気がないそうです

藤泉都理

お節介な守護者は表情筋を動かす気がないそうです






 表情筋を動かす気がないので笑顔とか期待しないでくださいね。

 自己紹介ではなく開口一番にそう言ったのだ。

 守護者の彼は。






(う~ん)


 守護者は守護対象である姫を物陰から見守りながら溜息をついた。

 こちらを盗み見ては、びくびくおどおど。

 言い寄られて面倒なことになるよりは、距離を置かれていた方がましかと思っていたが。


(う~ん)


 睨んでいる。

 姫の傍から離れず世話をする世話人がこちらを。

 確固たる殺意を以て。

 あれもうあの世話人が守護者の任も兼ねればいいんじゃないか。身のこなしを見ればわかるかなりの腕前だ。なのになぜ守護者の任を申し出ないのか。

 疑問は生まれるが、金払いもいいし。すっごくいいし。進んで断る理由はない。

 が。


(う~ん)


 ぽりぽりと頬を掻いていると、世話人がずんずんとこちらに向かってきた。

 解雇宣告かなああ金が。

 少し。いや、かなり口惜しいが、仕方ないか。

 溜息をついて、眼前に立った長身の世話人を見上げると、憎々しいと言わんばかりの顔を向けられた。竹筒と一緒に。


「姫様からの差し入れだ。有難く受け取れ」

「どうもありがとうございます」


 怖がっているのに差し入れなんていい子だ。

 思いながら、受け取ろうと手を伸ばした、ら。

 避けられた。

 一度、二度、三度。


「あの」

「ふん。とろいやつめ。なんだ?能ある鷹は爪を隠すというやつか。隠すな。莫迦者め。常に爪を出していろ」

「噂に過ぎないとか、姫様のお父上の見る目がないとか、問答無用で解雇だとかは言わないんですね」

「誰が言うか。ご主人様の耳目は確かなのだ」

「でも、私に不満を持っている」

「貴様の無表情さが姫様を怖がらせているからな」

「姫様を怖がらせるから守護者の任を受けない、ですか?」

「貴様」


 刹那、動きを見せた世話人の肉体は、けれどすぐに静まり変化は起こらなかったが。

 守護者は顎をさすりながら小さく何度か頷いた。


「なるほどなるほど」

「何がなるほどだ」

「いいえ。まあ。なんとなく察しはつきました。あなたが守護者の任を受けない理由」


 世話人は料理人と話している姫へと視線を移した守護者の胸に竹筒を乱暴に、けれど壊さないように押し付けた。

 そのおかげか、肉体に衝撃はそれほど生じなかった守護者は竹筒を受け取った。

 世話人は舌打ちした。


「どうもありがとうございます」

「首を突っ込んでは解雇されているらしいな」

「ええまあ。ちょっと気になることがあると深く追求したくなっちゃいまして。気をつけようとは思っているんですけどね。無一文になったら困りますし」

「重々心がけておけ。余計なことはするな」

「ええ、もちろんです」


(気に食わないやつだ)


 背を向けて歩き出した世話人は心中で舌打ちすると、にこやかに姫の元へと戻ったのであった。










『こわい!!!』

『ひめ、さま』


 心身共に鍛えに鍛えた結果、実力は確かなものになったが。


『こわいこわいこわい!!!』

『申し訳、ございません』


 守ると、決めたのに。

 筋肉で盛り上がった身体を見て怯えて距離を取り泣き叫ぶ幼い姫を前に、戦う時はどうしたって筋骨隆々に変化してしまう肉体に、絶望したのも束の間、姫の記憶からその時のことが消滅したと聞かされて、決めたのだ。

 戦いから退いて、見守ると。

 幼い頃の話だ、今なら筋骨隆々の肉体を見せたとて大丈夫だ、今の姫様なら受け入れられると誰もが言って聞かせたが、決意は変わらなかった。


「料理人がね、持って来てくれた試食品とっても美味しいよ」


 飲んで飲んでと、先程守護者に渡した竹筒と同じ物を姫から差し出された世話人は、その場に傅いてのち受け取った。


「ありがとうございます。姫様」

「お礼は料理人に言って」

「はい」


 これでいいのだ。

 もう二度と、この笑顔を恐怖で歪めさせたくない。

 そう思っていたのに。


(筋骨隆々ではない実力者と知って安心していたら、表情筋を動かす気はないだとあの莫迦者があ)

(おお、怖い怖い)


 ありったけの殺気を打ちまくる世話人に首をすくめながら、守護者は竹筒の蓋を取って飲んだ。

 桃のビシソワーズだった。


「美味しいなあ」


 飲み干してのち、竹筒に残っていた一枚の桃の花びらを手に取ってくるくる回し、飲み込んだのであった。











(2023.3.11)



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お節介な守護者は表情筋を動かす気がないそうです 藤泉都理 @fujitori

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