第七話:今からあたし、艦隊を指揮します



              ※※ 7 ※※



「これより、RS-7宙域ポイント撤退作戦の実行に移ります」

「うむ、許可する」


 ヒクマ提督が静かな低い声が艦橋ブリッジ第三層に響いた。あたしは敬礼で返し、艦橋ブリッジ正面を見据みすええる。大型戦術ディスパネルに表示される敵軍は紡錘ぼうすい陣形を整え、今まさに全面攻勢にてんじつつある。緊張の余り乾いた喉をいやすため、生唾を飲み込んだ。


(そうよ。恐れず、信じいて……そして強くなるのよ、トウノ・サユリッ!)


 あたしは大きく深呼吸をした後、下命する。


「全艦艇に伝達。各艦は情報部のプログラムから撤退ファイルをダウンロードしたのち、再編成された部隊の通信を確保してください」


 艦橋ブリッジ第一層の各部門下士官が一斉に端末をたたき始めた。


「敵、地点3-6-9を突破っ! 前衛は完全に分断されました」

「戦艦『あさか』、戦艦『ことね』撃沈っ! 戦艦『たかの』、空母『はるか』通信途絶っ!」

「戦艦『へきる』の分艦隊司令官ナシマ少将より入電っ! ≪ワレ、航行不能ニツキ自沈ス。旗艦ノ武運ヲ祈ル≫以上です」


 敵の攻勢が開始された途端、今まで以上の惨事が報告される。要するに敵もここが正念場と本気で締めて掛かっている、という事だろう。

 つまり、この段階で敵の攻撃力がピークに達したということだけど、一方で予想を遥かに上回る駆逐と進撃に味方のふね戸惑とまどっているのもいなめない。


「各艦、あわてないでっ! 無理にけようとせず、少しずつ横へスライドするように敵の攻撃を受け流して下さい」

 

 味方の損害を最小限に食いめるため、あたしは急いで追加命令を出した。


あせりは禁物よ、サユリ。あせったら負けだわ)


 汗でにじむ手のひらをスカートのすそぬぐいつつ、視線だけは大型戦術ディスパネルをにらみ続ける。敵・味方の陣形が、重力値から計算された簡略ブロック化され、リアルタイムで動くため片時も目が離せないのだ。


「敵、小型戦闘艇を発進させましたっ!」

 

 オペレーター下士官の声が電子回路の焼けた匂いと体臭の充満する艦橋ブリッジにこだまする。


(……なるほど。敵・味方入りじっての乱戦状態では艦砲は無理だから近接戦法と来ましたか)


「こちらも応戦だ! 艦載機発進用意っ!」

「ダメですっ!」

 

 あたしは、トクノ参謀長が下した命令をすぐさま取り消した。


「トウノ情報次席参謀、何故だ!?」

「今、艦載機を発進させたら、戦況が膠着こうちゃくしてしまい、撤退する好機を失います。ここは制宙権の確保より各艦の亜光速航行の準備を優先させるべきと考えます」

「では、このまま黙って見過ごせと、貴様はいうのだな!?」

 

 みつかんばかりにトクノ参謀長は尋常ならざる剣幕で迫ってくる。血走った眼がギラギラしていて、思わずたじろいでしまった。


「そ、そういうことでは……」


 情けないことに気迫に負けて、なかなか後の言葉が続かない。いくら切迫した状況だからって、そんなに興奮することないじゃんっ! 一体あたしにどうしろってのよ!? あたしだってれないことで必死なのにっ!


「トクノ参謀長。この作戦の責任者はトウノ情報次席参謀なのだ、少尉の指示に従おうではないか。

 少尉、敵の小型戦闘艇に対し、百隻単位の小集団に分かれ、防空体制を徹底させるということで良いかね?」

「はっ」


(……やれやれ)


 ヒクマ提督の助け舟のお蔭で、何とかトクノ参謀長から逃げることが出来たわ。しかし、聞き分けのない上司を説得するのはホント神経使う。胃が痛くなりそう……。


「装甲の厚いふねで傷ついたふねかばうようにして百隻単位の集団分散し、防空体制を堅めて下さい」

 

 あたしが下した命令が直ちに実行に移される。それでも完全に危機を回避したわけではない。次なる防御手段を考えつつ、敵より先に手を打たねばならないという使命が残っている。もちろん、撤退を最優先にした上で、だ。

 さあ、これで敵の小型戦闘艇は近寄りにくくなったし、味方も敵の対応に動きやすくなったわ。このまま敵が前進を続けてくれれば、こっちとしてはやりやすいんだけど……そう、うまくいかないのが現実よね。


「本艦、0-3-4の方向、至近弾3ッ! 直撃、来ますっ!」


 オペレーター下士官の報告で右舷に視線を移す。スクリーンごしに青白い閃光がこっちに向かって来るのが見えた。


――シュピィィィィィン、シュピィィィィィィン。

 

 閃光せんこうふねおおっている中性子防御シールドに屈折くっせつされると、粒子となって消滅していく。しかし三発目の光砲がその粒子によって飽和状態となった中性子防御シールドを貫いて、特殊合金ハイパーカーボンの外壁を突き破り、艦内で炸裂さくれつした。

 瞬間、激しい振動に揺られ、あらゆるサブ・パネルに『非常事態エマージェンシー』が表示されるとともに、警報が非常灯の赤々と点滅する艦橋ブリッジに激しく鳴り響く。正面の大型戦術ディスパネルには艦内損害箇所が次々と表示されていった。


「艦載機発進口、破損っ! 機関部中波、最大戦速二十パーセントダウン!」

「直撃を受けたF-5区画は破棄します。隔壁閉鎖、自動消火システム作動します」

「右舷後部光子魚雷発射管、大破っ!」

「右舷前部光子砲、使用不能っ!」


 よく、ふねがもってくれたというべきか、それとも運が良かったのか。とりあえず、致命傷に至らなかったのは不幸中の幸いだろう。

 報告を聞いてそんなことを考えながら、あたしは強かに打ち付けられた床から、のろのろといあがり周囲を見渡した。

 見た感じ、上部スクリーンの一部が破損して放電している以外は基本的な管制機能には損害が無さそうだが、第三層はもちろん、第二層、第一層にも部品の残骸やらガラスの破片やらが所狭しと散らかっている。こりゃ、負傷者が多そうね。


「トウノ少尉……」


 背後から気の弱い声を聞いて振り返った。


「……トウノ少尉、ヒクマ提督が負傷された。至急、軍医を……。私も足と胸をやられて……」

「だ、大丈夫ですか!? トクノ参謀長! しっかりして下さいっ!」


 半分、瓦礫がれきまっているトクノ参謀長を引きずり出し、ヒクマ提督の上に覆っている合金製カーボンの大きな破片はへんを力いっぱい押してはらいのける。


「提督っ! ヒクマ提督っ!」


 あたしのさけび声にダーク・グレーの瞳を細め、気を失った。口元から流れた鮮血が見事にたくわえた白髭を染めていく。


(これは重症かもしれない)


「通信オペレーター、提督と参謀長が負傷されたっ! 軍医を艦橋ブリッジへ、急いでっ!」

 

 動揺を隠しきれない、あたしの命令が一瞬、通信オペレーターを硬直させた。


「早くっ!」

「あ……、はいっ」


 端末に向かって、あたふたと操作盤キーボードをはじき始めた。現実これが悪夢なら、早く覚めてほしいもんだわ。嫌な予想ことばかり的中する。

 あたしは正面を見据みすええたまま、唇をんだ。

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