第六話:参謀の苦悩



              ※※ 6 ※※



『♪チン、チン、ピャラヒャラララ……。タダイマ地球標準時〇六〇〇マルロクマルマル時デス。作戦行動経過時間ハ二三〇〇フタサンマルマル時間デス』


 正面の大型戦術ディスパネルの端にあるセンスの悪い時計が、これまた珍妙な電子音とともに自己主張をした。撤退作戦において「あーだ、こーだ」と一悶着ひともんちゃくあって、それから三時間。敵は一向にそれらしい動きを見せる気配がない。

 最初はあたしの情報検索ミスかも……なんて撤退作戦責任者という重責からビクビクしていたけど、今に至っては敵の火砲がますます重厚になってゆく現実と作戦予想とのへだたりに段々さいなまれ始めて来た。


(しかし、まだ希望はある)


 あたしの予想通り敵軍がRS-7宙域ポイントで合流したのが何よりの根拠だし、もうそろそろ一気にカタを付けに動き始めてもよい頃合いなんだけど。

 正面、大型戦術ディスパネルに投影された彼我の簡略布陣図を見る。味方の少数単位に分かれたモザイク状の凹形陣に対し、敵軍は半球形陣で前衛部隊に張り付いているままだ。

 当然、あたしたちが逃げたがっていることも、反撃に転じる余力も残ってないことも熟知しているはず。となると、ここは我が軍にあらゆる攻勢手段を取らせないために行動の自由を奪っているとみえなくもないわよね。

 そこが敵の思惑であり、一番気になるところ。

 もし、仮に敵の作戦が単純に火線を密にして味方の防御陣を少しずつ削り取りながら物資・心身両面を消費させる作戦だったと考えるならば……。

 最悪、このまま総力戦に持ち込まれてしまうならば……。


(……命数あとはない)


 昏倒しそうになる意識を叱咤しったさせ、戦況集積情報と戦術コンピューターを連結リンクさせた。

 総力戦になろうものなら敵自身、損害を無視できないはずだわ。また『窮鼠きゅうそネコをむ』じゃあないけれど、あたしたちに反撃の機会を与える前に、ここは情報用兵学上、圧倒的兵力で、しかも短期間で駆逐できる中央突破、しかる後に各個撃破という戦術しかあり得ない。


「そうよっ! 絶対大丈夫!」


 あたしは上部スクリーンに投影されているかもしれない、見えない敵に向かってガッツポーズの姿勢で立ち上がる。と、その視線の先で戦艦が至近弾を三発喰らって敢えなく四散した。

 一瞬、艦橋ブリッジが黄白色に包まれる。そして数秒後には何もなくなった空間を見つめたまま、力無く拳を下した。


「トウノ少尉、どうしたの?」

「あ、マナ少佐……」


 微笑みながら近づいてきたマナ少佐が横に並んだ。にこやかに微笑ほほえんでくれる、そんなマナ少佐を見ていると、段々あたしの中の不安も恐怖も浄化されていく気がした。


「マナ少佐。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なあに?」

「マナ少佐は……その、初めて自分が作戦の重要な責務を担ったとき、どんな感じだったですか?」


 マナ少佐は、あたしの質問に暫くモス・グリーンの瞳を大きく拡げていたけれど、やがて、くすりと笑った。


「トウノ少尉は、今どう思ってるの?」

 

 何だか嬉しそうなマナ少佐を見ていると、ここが戦場ではないような錯覚におちいりそうで調子が狂う。

 

「……あたしは入隊したばかりの頃は戦争なんて一部の高級将校が采配をるって、あたしのような一般将兵は単なる手足に過ぎないと思ってました。

 おまけに士官学校出身ではないので、馬鹿にされるのが嫌で少しでも早く昇進して、この戦争が他人から押し付けられたものでなく、あたしなりの納得いく決着をつけたいとも思ってました。だから、本作戦の専任に選ばれたときは理想に一歩近づいた気がしてすごく嬉しかったんです」


 笑顔を絶やさないマナ少佐をまっすぐ見つめる。あたしの栗色の瞳がうるんでいたのも気が付かないほど、必死に見つめた。


「でも……今は、怖い。すごく怖いっ! あたしの作戦で全てが動いてるんです。もしも自分がミスしてたら、みんな逃げきれず死んでしまったら……あ、あたしのせいなんです」


 マナ少佐が、そっとハンカチで涙を拭ってくれる。あたしは気恥ずかしくなってうつむいた。

 

「……たとえ、ここで消えてしまったとしても、誰もトウノ少尉のせいだなんて思わない、きっと。それに将兵は司令官が戦争遊戯ゲームをするための駒ではないわ。みんなの大切なものを守るために、それぞれが自分の任務に責任もって遂行し、信頼し合って初めて困難な作戦も完遂できるものなの。

 わたしも、司令官閣下も、参謀長閣下も、艦隊全将兵も、トウノ少尉に賛同して撤退作戦を成功するために頑張ってる。自分を信じて皆を信じれば、きっと成功する」

「はいっ!」

 

 今度こそ自分の意志で涙を払い、あたしは満面の笑みを浮かべた。


「……でも、本当にマナ少佐はお強いですね」

  

 あたしの言葉に、マナ少佐は悪戯いたずらがバレた子供のようにおどけてみせた。

 

「そんなことないわ。正直に白状するとねぇ……、任官したばかりでけ出しの頃、いつもしてたわたしに、外周方面軍司令部の、とある参謀がおしゃってた受け売りなのよ」


 マナ少佐がくすくす笑い出す。あたしもつられて笑う。


「『どんなに苦しい状況でも、皆で助け合えば必ず希望はある。どんなに困難な作戦でも皆で信頼し合えば必ず成功する』

 まあ、一部の人間は青臭い理想論だって笑ってたけど、わたしはその口癖くちぐせを聞くたびに気持ちが楽になっていくのが分かったの。それからかなぁ……戦場が怖くなくなったのは」

 

 遠い目をしてたのしそうに語るマナ少佐が、ちょっぴりうらやましく思えた。


「素敵な上官ですね」

「そうね、ちょっと変わったとこもあったけど」


 ……ああ、何だか心のわだかまりが、まるで氷砂糖がとけるみたいに、甘い安心感に変わって、あたしの中で広がってくみたい。

 きっとマナ少佐がその参謀に感化されたように、あたしにとってのマナ少佐は掛け替えのない存在なんだわ。


「あたし、信じますっ! そしていつか、あたしもマナ少佐のように強くなりたい」

「その意気よ。ほら、信じれば敵が動き始めたわ」


 マナ少佐が指差す、艦橋ブリッジ正面の大型戦術ディスパネルに変化が生じた。味方の防御陣に張り付いていた敵の先陣が徐々に集結しつつある。それが敵の中央突破を行う前触まえぶれれであることに、あたしはすぐにて取れた。


「さあ、ぼやぼや出来ないわよ。ここからが正念場なんだから」

 

 マナ少佐が軽くウインクをする。あたしはそれに応えるように大きくうなずいた。

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