第五話:今からあたし、撤退作戦の責任者になります
※※ 5 ※※
「さて、地点8-4-6が何故検索範囲に入ったのかという理由について述べますなら、先ほどの説明の通り、艦隊の後退運動は実際上不可能ですので、敵の攻勢と呼吸を合わせて一気に最大戦速で前進して敵の後背へ
「艦隊を前進させるだと!?」
突然、トクノ参謀長が立ち上がって叫んだ。驚くのも理解できるけど、古来から言うじゃない。『退いてもダメなら
とはいえ、そのまま言う訳にはいかず、あれこれ思考を巡らしていると、流石は将官といったところかトクノ参謀長はすぐに落ち着きを取り戻した。
「いきなり
あたしも憮然とした表情を隠して端末を操作する。立体型空間フォロビューにRS-7
「はい。小官の説明不足でした。まずはこれをご覧ください」
三十秒単位で動画化された両布陣図を、天気予報士さながらペンライトで重要地点を指し示した。
「この最終局面で
後退していく我が艦隊が敵軍に押し込められて、全滅していく
「しかし、小官は撤退する好機はここにあると考えます。……このグラフを見てください」
さらにもうひとつ、ファイルを開いて戦術コンピューターに
「敵軍がRS-7
立体型空間フォロビューに投影されている敵軍が分断を開始した途端、進撃速度が落ちる。もちろん我が軍の抵抗が
「何故このような特異点が発生するのかというと、一つは敵味方の艦艇が接近しすぎて混乱すること。また、
あたしは、さらにもう一つ、別のファイルを起動させ、
「あらかじめ少数部隊に再編制し、敵軍に分断されたタイミングを
大きく深呼吸して最後を結ぶ。
「最大戦速で達したままだと亜光速航行は容易ですし、艦艇維持率7割のまま、撤退は可能というのが情報部の出した
長々と続いた説明を終え、深いお辞儀で締めた。やれやれと、と肩を
そんな、あたしの気持ちを知ってか、知らでか、トクノ参謀長の厳しい視線があたしに注がれたまま、独り言のようにつぶやく。
「……なるほど、敵の中央突破を
トクノ参謀長は何度も
「作戦部といたしましてはトウノ少尉の起案した
「うむ、今の戦況で後退が無理である以上、敵軍の隙に活路を
「はっ! ではそのようにいたします」
ヒクマ提督から決済の裁可を頂いたトクノ参謀長は、早速その場にいる各要員に下命した。
「フクイケ少尉。貴様は敵の中央突破作戦に対し、各部隊の配置および布陣を十五分で完成させろ。後方主席参謀は医療設備の充実と負傷兵の応急手当てが出来るように。情報主席参謀は全艦艇に作戦を暗号で打電。念のため通信にダブルプロテクトを
司令部各員が一斉に敬礼して、それぞれの持ち場へと戻る。
「トウノ少尉」
トクノ参謀長はあたしを呼ぶ。
「貴様は本撤退作戦の専任として司令部に残留を命ずる」
いきなり要職に抜擢されて、戸惑いの色を隠せないでいると、ヒクマ提督がゆっくりとした口調で補足する。
「ちょうど今、ミクリヤ大尉が倒れて司令部は欠員しておるのだよ。やってもらえるね」
「あ、はいっ! 喜んで拝命します」
あたしのビシッとした敬礼にトクノ参謀長が満足そうに大きく頷いた。と、そのとき――フクイケ少尉があたしだけに聞こえるように
「ふん、あまりいい気になるなよ」
(むっっきぃぃ! とことん嫌なヤツぅ!)
走り去るフクイケ少尉の背中に、あたしは思いっきり舌を出してやった。
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