ネクタイ

高見南純平

早朝登校

 昨日、警察24時間テレビを夜通し見てたから、眠くて仕方がない。


 3億円事件の真相を知ってる、っていう謎の老人が出てきた時は激熱だった。


 あーあ、学校休みだったらいいのに。


 マジでガチで眠い。


「はぁ〜」


 俺は大きなあくびをしながら 教室に入っていく。


 徹夜して、逆に朝やることがなかったので、随分と早く来てしまった。

 いつもは寝癖をつけながら、チャイムが鳴るギリギリアウトの時間に登校してるっていうのに。


 それでも、すでに教室には何人か人がいた。

 優等生か、はたまた俺と同じように徹夜した奴か。


 俺は自分の席に座ると、すぐに隣の席の真宮さんが登校してきた。


 隣だから少しぐらい喋るけど、まぁ挨拶程度だな。

 休み時間とかは、お互い友達と喋ってるし。


「おはよ、真宮さん」


「珍し。寝坊助くんがもういるなんて」


 少し金髪がかった髪をした彼女は、朝早いっていうのにバッチリメイクをしていた。女子ってメイク分早起きしなきゃだから、大変だよな。


「ちょっと色々ありまして」


 説明するのも面倒くさいんで俺は適当にそう言った。

 真宮さん、勝手なイメージだけどああいうテレビ番組みなそうだし。

 女性タレントが愚痴をいうバラエティとか見そう。完全な偏見だけど。


「あっそ」


 真宮さんは興味なさそうにしながら、鞄から筆記用具は出したりして、鞄をロッカーにしまっていく。


 そして席に座ると、スマホを取り出してそれをいじりはじめる。


 俺もそうやって時間を潰そうとしたけど、ちょっと気になることがあったので喋りかけた。


「真宮さんさ、くんの早くね?」


 生真面目さんってタイプでもなさそうだし、俺みたいに夜更かしした感じもしない。艶のある肌してるし。

 俺なんかクマひどいもん。


「あー、私家遠くてちょうど良い電車ないんだ。めっちゃ早くつくか、遅刻ギリギリか、って感じなの」


「あーなるへそね。早起き、凄いね」


 尊敬するわ。俺は絶対に無理。将来は、午後からの仕事か、在宅ワーク出来る仕事をする、って決めてる。


 聞きたいことは聞いたので、そこで会話は終了するつもりだった。


 そしたら、あっちから話しかけられた。


「ねぇ、ネクタイめっちゃひどいんだけど」


 真宮さんはスマホを持った手を、俺の方に向けてくる。

 ん? ネクタイ。


 俺は自分の首元を見ようと、顎を引いてうつむく。


 うわ、確かにひどいわ。

 いつも適当にやってるけど、徹夜のせいで頭が回ってないのか、ぐちゃぐちゃすぎる。


「っげ。さすがに先生に怒られるか、これ」


「だろうね。ちょっと貸して」


 そう言って真宮さんは、自分の椅子を持ちながら俺の方にグッと近づいてきた。


 ち、近。

 てか、真宮さんって結構イケてるよな。


 っえ、てか、やってくれんの??


 俺は急に女子に近寄られたもんだから、色んなことを考えてしまった。


「いいの?」


「別に。暇だし」


 そういって真宮さんは、もつれている俺のネクタイを綺麗にほどいていく。


 そしてスルスルとシャツの襟から、ネクタイを抜いていった。


 次に俺のシャツ襟をビシッと立たせて、ネクタイを首の後ろに持っていく。

 俺と真宮さんは身長差があるから、座ったままじゃ届かない。

 だから彼女は少しだけ腰を浮かして、さらに俺に顔を近づける。


 や、やば。


 もうこんなのキスする距離やん。

 って、何考えてんだ。


 っえ、てか俺変な匂いしない??

 一応、シャワーは浴びてから来たから、シャンプーの匂いで大丈夫だと思うんだけど。


 っはぁ、真宮さん香水つけてんのかいい匂いすんな。


「鼻息荒くてキモいんだけど」


「ご、ごめん」


 ツッこまれてしまったので、俺は今度は逆に出来るだけ呼吸を浅くするようにした。


 ネクタイを後ろに回して前へと持ってくると、そのまま結びはじめる。


 その手付きは以上に素早く、一瞬で綺麗に結んでしまった。


 そして、ギュッと引っ張り、結び目のところが俺の首の方に伸びていく。


 ネクタイしてると、首元のところに間が出来ちゃうけど、今はビシッと閉まっている。就活生みたいだ。


 最後に襟を閉めて全体的に形を整えれば完成だ。


「はい、終わり」


 出来栄えを見て彼女的に満足いったようで、ニッコリと笑いかけてきた。俺に向けたというよりは、単純に上手くできて笑みが溢れた、って感じだけど。


「あざっす。ていうか、うますぎじゃない?」


 俺は真宮さんの胸元を見た。別に何カップかな〜、とか気になったわけじゃない。

 女子の制服はネクタイじゃなくてリボンだ。


 だから異様に手際が良いことが違和感だった。

 男の俺だって苦手だし、ましてや人にやるなんてどうやっていいのかよく分からん。


「まぁね。よくやってるから」


 真宮さんはぼそっとそう言った。

 よくやってる、ってことは……。


「父親のやってるとか?」


「違う。パパのはママがやってる。

 彼氏のだよ、彼氏の」


「っあ、な、なるほどね」


 ふいの新情報に、俺は上手く笑えなかった。

 何でだろう。

 真宮さんのことなんて何とも思ってなかった。


 でも、今の言葉で胸の奥がギュッと締め付けられた気がした。


















「もう別れたけど。いーの、あんな奴」


 ムスッとした顔で、彼女はそう答えた。


「そうなん? なーんだ」


 今度は上手に笑えた気がした。

 ん? なんで喜んでんだ俺。

 別に真宮さんに彼氏がいようがいようまいがどうでもいいっての。


「んじゃ」


 真宮さんはひと仕事終えると、椅子を元に戻して今後こそスマホを触り始める。


「うぃーす、あざっした」


 聴こえるか聴こえないかぐらいのボリュームで、もう一度お礼を言った。


 はぁ、やっぱねみぃ。


 帰ったら爆睡しよ。


 あれ、そしたら朝早く起きれんのか?


 ふーん、なるほどね。


 俺はチラッと真宮さんの方を見る。


 隣の席、いつもと同じ距離。


 それなのに。


「ふぁーはぁ」


 俺はわざとらしくあくびしながら、もう明日のことを考えていた。


 今日はまだ、始まったばかりだというのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネクタイ 高見南純平 @fangfangfanh0608

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ