第5話


樹は相変わらず、部屋の中で梨花をずっと待っていた…。


幼稚園にも保育所にも行きたがらずに、部屋の中で待っていた…。


梨花はお金を払って樹を預ける事には、無頓着で、幼稚園の事など思いもしなかった…。


梨花は、樹が5歳になったのにも気が付かず、そこまで頭が回らなかった…。



窓から見える、子供達の登園姿を眺めても、まるで別の世界の出来事と樹も特に行きたがらなかった…。


樹が思うは、ただ、ママの事…。


ママの子守唄がまた聞きたいだけだった…。


「ママ…僕ね…」


樹はママに、何が言いたいのかも判らなくなっていた…。


樹はいつも夢みがち…。


お絵描きしながら空想をしている…。


ママとのお出かけを夢にみる…。


しかし、一緒にお出かけをしたことが無かったので、アパートの部屋の中で、ママと樹が着替えをして、手を繋ぎ、玄関扉の前で歩いて行くとそこで夢は終わる…。


決してふたりで扉を開いて、外に出ることが無い夢だった…。


「ママ…僕ね…ママ…」


梨花はきっと明日の朝まで帰らないだろう…。


今日は彼の休みに合わせて店を休み、朝からずっと彼氏に抱かれていた…。


彼の求める快楽に全て応えて喜ばす…。


だって私はソープ嬢…。


彼が喜ぶなら何だって出来る…。


彼氏の休みと梨花の休み…週に2回会うだけでは、梨花は何だか我慢出来なくなって来た…。


しかし、これ以上店を休めばまた収入が減る…。


それならばと、梨花のアパートで一緒に住むように彼に言った…。


一緒に暮らすようになると、お互いの事を更に知るようになる…。


彼は実は、大工では無く、日雇い仕事のフリーターだった…。


それでも梨花は彼に夢中であった…。


一緒に暮らせば、梨花の仕事が風俗なのを彼も薄っすら気付いてくる…。


「お前、仕事何やってんだ?」


梨花は、最初とぼけた…。


「正直に言わないなら俺は出て行く」


「やめて、出て行かないで…」


梨花は、正直にソープ嬢だと彼に話した…。


「ふーん…」



それまで彼も、梨花が店に出る日は自分も日雇い仕事に行っていた…。


彼は樹に対しても、特に優しくしていた訳では無いが、たまにはチョコレートや、キャンディを自分で買って与えていた…。


彼は、梨花が風俗嬢だと知ったからか、それとも元来働くのが嫌な男だったのか、どちらかは判らないが彼は仕事には行かなくなる…。


毎日ぶらりと何処かへ行って、夜になると帰ってくる…。


樹と目が合うと、自分に負い目を感じてか、それが逆に、樹へ怒鳴り散らす様になる…。


「こら!樹!そんな目で見やがって、俺を馬鹿にしてるのか?!」


幼い樹は、恐くなり、布団に潜って震えている…。


最初は怒鳴り散らすだけだった…。


それが日に日にエスカレートし、無口な樹が返事をしないと、頭を叩き、怯える態度が癇に障り、また、尻を叩く…。


樹はそれを梨花に告げ口することも無かった…。


夜になり梨花が帰宅する…。


樹も彼氏も起きていた…。


コンビニで買ってきた食材で、急ぎ食事を作りテーブルに並べる…。


3人での食事…。


彼にビールを注いで、樹におかずを取り分ける…。


樹がポロリとご飯を落とした…。


「樹!もっと行儀良く食べなさい!」


彼が樹を叱る…。


梨花は彼が樹の父親みたいに思え、梨花は嬉しいと感じる…。


梨花は怯えた目をした樹の気持ちを、判らなかった…いや、梨花は判ろうともしなかった…。


「お前も、箸の使い方位教えとけ…」


その言葉を梨花は受けて、樹の頬を叩いた…。


「樹!ちゃんと食べれるでしょ?」


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


樹を叩くと、何故だか、梨花は気持ちが昂ぶっていた…快感?…梨花には判らなかったが、気持ちが高揚したことは否めなかった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る