カタカタヤワヤワ

タヌキング

至高の体

私こと六道 萌香(りくどう もえか)には悩みがある。

それは自分の体のことである。それは胸が大きなことと、腹筋がシックスパックに割れていることだ。

中学三年生の時から急成長し始めた胸。これは身体的なことなので仕方ない。

けれど、バキバキに割れたシックスパックは自分のせいでもある。

というのも、ウチのお父さんがスポーツジムを開業しており、私は幼い頃から筋トレに興味を持ち、お父さんの指導の元、体中の至る所を鍛えに鍛えた。

その結果、全身筋肉質のこの体が出来上がった。

鬼の形が出来そうな広背筋、すっかり育ちに育った肩メロン、少しでも力を入れると膨張してシャツを破いてしまう上腕二頭筋と三頭筋、コンプレックスを数え上げれば枚挙にいとまがないが、その中でも一際コンプレックスなのが、モナカアイスみたいにくっきり割れた腹筋である。こんなの異性に見られた日には、咄嗟に舌を噛んで死んでしまうかもしれない。

鍛えてる間に自分の体が女性らしく無くなってしまっている気はしていたが、筋トレをする者は筋肉の奴隷になっているので、もう気づいた時には手遅れだった。

体脂肪率5%のこの体は、もはや筋肉の塊である。唯一女性らしい部分というのが、コンプレックスの一つである胸なのだから、皮肉以外の何者でもない。

高校一年生になった私は、この自分の体にコンプレックスを懐きつつも、鏡の前でポージングしてしまうのだから、正直、自分でも自分の気持ちが分からない。

とにかく誰にも腹筋だけは見られたくないと、体育は見学、部活は帰宅部と、腹筋をひた隠しにして目立たないように高校生活を過ごしていたのだけど、3ヶ月目にして2つの事件が起きた。



まず1つ目の事件は、眼の前でコケたクラスメートの男子の頭が私の腹筋に直撃したことである。


"ゴッ"


こんな鈍器にでも殴られた音がして、男子は頭にコブを作ってバタリとうつ伏せに倒れた。

私の方は、流石6割れなんとも無いぜ!!といった具合に全くのノーダメージだったのが嬉しいのやら悲しいのやら。

そして2つ目の事件は、また同じ男子が私の目の前でコケて、今度は私の胸にダイブしてきたのである。

"ムニュ"

私の谷間に埋まる男子の顔。この時、私は悲鳴を上げた。


「キャアアアアアア!!」

"バチーン!!"


反射的に男子の右頬を左手でぶっ叩き。そのままその男子は回転しながら、机や椅子を巻き込んで派手に仰向けに倒れた。

しきりに「G…G…G」とうわ言のように呟いていたが、それが私の胸のカップだとすれば残念ながら不正解。正解のカップ数はそれより2つ上である。



そんな事件があった後、私はそのクラスメートの男子から体育館裏に呼び出された。

体育館裏は雑草が生えて、ジメジメしていて、何故か用途不明の木の杭が一本突き刺さっている。

私は怯えていた。きっと、ゆするか脅されるのだ。お前の腹筋を世間に公表すると、そうされたくなければ、お前の胸を揉みしだかせろ♪ゲッへへへ♪

みたいな感じで。

だが目の前の小柄な男子は、私の予想とは全く別のことを言ってきた。


「好きです。付き合ってください。」


はい?何を言っているだコイツ?頭まで筋肉になってしまったのか?

私と付き合う?……ちょっと意味分からない。

ちなみにこの男の名前は内山 勝(うちやま まさる)といい、毬栗頭の野球部の男である。

私の体の秘密を知って、それでも付き合おうというのだろうか?…ってそんなわけない。


「モニタリングですか?」


「ドッキリじゃありません!!俺はマジです!!」


「嘘付かないで下さい。」


「嘘じゃありません!!アナタの体に惚れました!!」


この大ボラ吹きめ、私の体に惚れただと?そんなことで私がときめくと思ったら……あれ?心臓がドキドキしてる??


「その硬い腹筋!!大きくて柔らかい胸!!大変素晴らしいです!!ぶっちゃけ興奮します!!」


「こ、興奮ってアンタ……それじゃあ、もしかして私の体をオカズにしてオナニー何回かしてるの?」


「………具体的な数字を言ったほうが良いでしょうか?」


「い、いえ結構!!」


き、気が動転しすぎて変なことを聞いてしまった。内山も答えようとするなよ。

互いの顔が真っ赤になり、体育館裏に変な雰囲気が流れ始めた。

と、いけない。こんなことでほだされてたまるか。


「アナタは私の体目当てなのね!?あとは別にどうでも良いんでしょ!?」


「いえ、内面も興味あります!!健全な体には健全な精神が宿ると言いますし、そんな素晴らしい至高の体をお持ちなら、きっと性格も良いに決まってます!!」


「〜〜〜っ!!」


声にならない声が出る。正直べた褒めされて嬉しく思う。素晴らしい至高の体なんて、血反吐を吐くような筋トレの日々が報われた気がして涙が出てきそうだ。


「わ、分かったわ。お友達から始めましょう。」


「や、やったーーーーー!!」


分かりやすく喜ぶ内山。ふ、ふん、この程度のことで喜んじゃって、お、おめでたい男だわ。


「あ、あの…友達になった記念で、ひとつお願いをしても良いでしょうか?」


「な、何よ、言ってごらんなさい。」


デートの誘いかしら?うふふ♪最初は映画館が良いわね♪


「お腹を直に触らせてもらって良いですか?」


「えっ?」


突然何を言い出したの?この男??


「な、何でよ?」


「い、いや、胸は流石に駄目だと思って、ならお腹ならワンチャンいけるかな?って魔が差しました。」


魔が差しましたって自分で言うあたり正直な男である。男女の友達関係で、お腹を触らせるのは流石におかしいと分かる。だけど今日の私は機嫌が良すぎた。


「さ、触りたければ、触れば良いじゃない。」


顔を赤らめながらセーラー服とシャツを捲り上げ、シックスパックを披露する私。今日もバキバキ絶好調である。


「う、うひょーー!!それでは失礼ながら!!」


内山は鼻息荒く私に近づき、容赦なく私の腹筋を触り始めた。


"さわさわ"


「あんっ!!」


いやらしい手付きに思わず私は官能的な声を上げてしまった。

誤解してほしくないが、本当にお腹を触らせてるだけですからね。


「す、凄い、まるで鋼ですね。ノ、ノックしてみても良いでしょうか?」


「えっ?」


何を言い出したのコイツ?

内山は辛抱堪らなくなったのか、私のゴーサインを待たずに勝手に私の腹をノックした。


"コンコン"


「すいませーん、宅配便です。」


「はーい♪……って馬鹿かよ。誰も腹筋に住んでねぇよ。」


「す、すいません、テンション上がっちゃって♪」


てへへ♪と頭を掻く内山。何だかとても愛おしく見えてきた。


「あ、あの、もしも……もしもの話ですけど。」


「うん、もしも話してごらん。」


「はい……もしも萌香さんと付き合えたら、その時は彼氏特権でお尻を触らせて下さい!!」


「えっ?」


3回目の「えっ?」である。

お尻を触らせてくださいってセクハラ以外の何物でもない。裁判を起こせば私が100%勝つ自信がある。だが……残念ながら私にその気はない。


「良いわよ。付き合ったらね。」


「あ、ありがとうございます!!」


実を言うとこの私、体の中で臀部が一番自信があるのである♪













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カタカタヤワヤワ タヌキング @kibamusi

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