守り人

山吹弓美

守り人

 とある王国の端、辺境伯領。

 隣国の兵士たちが極秘に国境を破ろうとするその場に、かの家の者は降り立った。

 マスール辺境伯家。彼らのいるところ、たとえ十倍の兵力をもってしても破ることかなわぬ、と名高き戦人の名家。


「十倍ごときで破れる、と思われているのはとても不満ですわ」


 ふん、と鼻息荒く敵隊長を軍馬ごと殴り倒したのは、辺境伯家の長女ホワイア。頭部と胴体のみを軽量の鎧で包み、むき出しの四肢は標準的な太さなれど引き締まった筋肉が見て取れた。

 現当主の第一子は、二人いる。双子の姉と弟、かれらはどちらも第一子であると当主は宣言した。そして、領地を守るに相応しき者に後継者の地位を与えるとも。


「そうだな。僕たちだけで、その更に十倍を相手にできるものなあ」


 こちらもまた不満げに、両の手で兵士二人の兜を握りつぶしたのは辺境伯家長男イディス。

 額に鉢金を巻き付けただけで、ほかに防具というものをまるで身につけていない。同じ時に生まれたホワイアよりも頭二つは高い背に動きやすい服装、そして姉よりもみちみちとはち切れんばかりの筋肉を持つ。


『ふん』


 放て、と遠くから聞こえた声に気づいた二人は、同時に両腕をぶん、と振り回した。その瞬間暴風が巻き起こり、遠距離より飛来する矢の雨を弾き飛ばす。ついでに、イディスが潰した兵士『だったもの』も。


「でも、さすがにここが狭くてよかったですわ」


 今の暴風に巻き込まれて落馬した兵士の首に手をかけながら、ホワイアは笑う。軽く握りしめて、ぽいと捨てた。


「これ以上広かったら、弟や妹たちの手をわずらわせることになったからね」


 右の腕を振り上げて、馬の上から別の兵士を跳ね飛ばしつつイディスも頷く。パニックに陥った馬は、そのまま兵士の間で暴走を始めた。巻き込まれまいとして、無事だった敵兵たちは慌てて逃げ始める。


「あ、逃げるぞ」


「お忘れ物ですわよー」


 敵の無様な姿を見送りながら、二人は再び腕に力を込める。再度の暴風は人や馬、様々な『お忘れ物』を吹き飛ばした。 

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守り人 山吹弓美 @mayferia

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