第12話
「じゃあ、ここまで来ればわかりますよね。……私は戻りますので、先方によろしくお伝えください」
エルサスさんは右手を振りながら、瑞槍邸の自宅まで帰って行きました――
私達二人は、ひたすら頭を下げて道の奥の森林に消えていくエルサスさんに感謝の気持ちを表現します。
エルサスさんがもう見えなくなってから――、
ドンッ!
笑顔から一転、チウネルはジト目で口を尖らせます。
重いリュックを地面に降ろして言ってやりました!
「トケルンさ~ん! 罰としてここからはトケルンが、この重~いリュックを背負いなさい! いいわね?」
「嫌です」
トケルン、即答――。
「だいたいさ、その重いリュックの中身は何だ?」
「私が知るわけないでしょ!」
チウネルは腕を組んで、彼を睨みつけました。
「知らないのに重~いそれを背負わされて、腹が立たないのか?」
肩を竦めるトケルン、言い返してくるとはいい度胸……。
「……だってさ、元々は私が赤点を取ったことが原因なんだから」
「なんだから? 赤点を取ったら中身が何かもわからない重~いリュックをさ、君が背負わなければいけない理由は?」
分かれ道で睨み合うこと――十数秒。
「これは私への罰だからです。んで、今度はトケルンが私の罰を受ける番だからです」
「……」
私の断罪……もとい断言にトケルンは絶句しちゃって。
「ま、まあ……。俺にも
――無きにしも
そもそもトケルンが道を間違えたから、こんな面倒になったのです。
と気がついたんでしょうか?
「お、重い……」
しぶしぶ……、
リュックを背負ってから、私への冷めた視線――。
その視線をチウネルは「フッ……」と鼻で笑ってやります。
「それでよし! さあ行きましょう!」
気をとり直して、私達は目的地へ向かいました。
*
――しばらく山道を歩いていると、目の前に川が見えてきました。
エルサスさんが教えてくれた通りです。
山深いその川は細くて小川でした。
流れは山の上ということもあってか、少しだけ速く感じました。
「なんだ? この川の色は?」
トケルンが背負っていたリュックを地面に降ろして、(勝手に!)一休みを始めます。
彼は川を眺めていると、水の色に違和感を覚えたようです。
「……どうかしたの?」
私も見ました。
川の色は土色でした。
これだけ山深いのだから、清流をイメージしていただけれど――土色。
ほとんど泥水で、濁流がうねって流れています。
「昨日、この山の周辺のどこかで雨でも降ったのか? 岡山県の山奥まで来て風流が無い川を見てもなあ……。無人駅からずっと山奥まで登ってきた価値も……ムダじゃね?」
「あのさあ? ムダなのは昨日道を間違えたトケルンの判断だと思うけど――」
小川を覗き込んでいるトケルンに、嫌味たっぷりにジト目で言ってやりました。
「……ああ、このリュック重い」
トケルンはチウネルに振り向きもしません。
それに、なんてわざとらしい口調?
彼が再びリュックを背負って山道を歩き出そうとしたので――、
「おい! トケルンのせいでしょが!」
指を差してやりました。
「なんて重い……このリュック」
これもわざとらしく……。
ふてぶてしい男です。
――小川に沿ってしばらく歩いて行くと、これもエルサスさんの言葉通りに橋が見えてきました。
私達は橋を渡ります。
杉林の中を歩くこと数分。
視界が明るくなってきます。
やがて、見えてきたのは私達の目的地――教授の恩師の家です。
大きさは
建物は現代的で、日本の一戸建て住宅そのものです。
2階建てで玄関の隣には駐車場があります。
塀で囲まれていない、今風の現代建築です。
「ヴァイオリンだ……」
「どうしたの……トケルン?」
「なあ? 聴こえてこないか? ヴァイオリン……」
トケルンが耳を
「ヴァイオリン?」
「ほら、演奏してる」
「トケルン? 演奏?」
チウネルも静かに集中しました。
「……あっ!」
♪~♫♪♬♪~ ♫♬~♬♪~
「ほんとだ! ヴァイオリンの音色だね。トケルン……」
ヴァイオリンの音色は私達の目的地――教授の恩師の家から聴こえてきます。
私達の目の前にある、この家から聴こえてくるのでした。
「……なんの曲だろうね?」
私がトケルンに尋ねると……。
「……モーツァルトの弦楽四重奏15番・第一楽章の第一ヴァイオリンの旋律だ。ちなみにニ短調」
「わかるの? トケルン!」
「ハイドン・セット全6曲中の第2作。6曲中で唯一の短調作品だ」
いつものことだけれど、チウネルはトケルンの知識の豊富さに驚きます。
「超有名なメロディーだから知ってる」
謙遜でもない、一般常識みたいな感じで私に教えてくれました。
「……でも良かった! これでさ! お家の中には、誰かいるってことが証明された!」
「お前バカか? 昨日、電話で今日来るからって先に伝えているんだから、いるに決まってるだろう」
「ああ……!」
それもそうだ、在宅しているに決まっています。
エルサスさんが昨日の夜に電話してくれたのだから――。
続く
この物語は、リメイクしたものでありフィクションです。
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