第9話


 ――綺麗な子供部屋。

 その部屋の中で、じっと真っすぐ前を見つめている彼――トケルン。

 私――チウネルは、その彼の横顔をじっと見つめます。

 しばらくして――、


「ん? もう帰れるんじゃない? すべての謎々を解いたからな!」

 私に穏やかな笑顔を見せてくれました。

「……えっ? 結局どういうことなの? ねえ! ちょっと、トケルン! 教えてよ!!」

 私がトケルンのTシャツの裾を引っ張っても、彼は天井の宇宙を見上げたままで、

「奇麗だな……。この宇宙はさ。よくできてるし……。ん? あっ! これ地球か? お~凄いな!」

 とぼけたままで、ずっと宇宙を見上げます。


 ――たぶん、トケルンにはナザリベスの謎々の本当の意味が、ハッキリと理解できたのだと思います。

 チウネルには、さっぱり理解できませんでしたけれど……。

 私が理解できたことといえば、ナザリベスの本当の気持ちだけで……、


 寂しい幽霊――


「あの~? 君達かな? ホールの置時計を悪戯いたずらしたのは?」

 トケルンとチウネル、私達二人が同時に後ろを振り向きます。

 そしたら、そこには40歳半ばくらいの男性がドアの前に立っていました。


「ちょっと、君達? 誰? 私は1階の調理室でオムライスを作っていたところなんだけど、いきなりホールから置時計の時報が聞こえてきたもんだから、慌てて、慌てて。もう……よくわからない状態で――、でも2階に上がって……ここに来たら、君達二人がいたから……で、君達は誰かな?」

 この男性――、

 容姿が紳士っぽかったので、愛称をエルサスにします。


「す、すみません。私達、実は……」

 大学の教授から教えてもらった住所や番地を、その人に全部喋りました。

「あー、あの川沿いの家の人だね。ふふっ……いいよ、君達は気にしなくても。よくねえ、郵便屋さんとか配達屋さんも間違えて、この家に来るんだよ」

 エルサスさんはそう言うと、少し苦笑いしてしまいます。

「私とその家とは、ずっとお付き合いがあるから、心配しないでいいよ。まあそれはそれで……、1階のホールまで戻りませんか? この部屋は私の一人娘の部屋でして、大切な物もたくさんあるのでね」

「あ、あっ! はい! わかりました。すみませんでした! ささっ、トケルンも!!」

 2階から1階へ降りる階段の途中――、

 私はふと……ホール右側にあった置時計を確認します。


 置時計は10時10分でした――


 ナザリベスを追いかける前から10分が経過していました。

 あの女の子がいじって悪戯いたずらした置時計だから、今本当の正確な時刻なのかはわかりません。

 私が持っているスマホで、時刻を確認すればいいだけのことですが……。

「……」

 私はそんなこんなを思いながら、置時計の下に置いていたリュックを手に取ります。

「……」

 私はナザリベスが何故時刻を10時にしたのか?

 何か意味があったのかなって、ちょっと気になりました。


「……10時10分か」

 トケルンも置時計の針を確認します。

ってことか? ナザリベス」

「えっ、トケルン、何か言った?」

「……別に」



「今からその川沿いの家の人へ電話してくるから――」

 エルサスさんが振り向いて、

「――でも今日はもう夜だから、君達が行かなければならない川沿いの家の人への用事は、今日のところは休んで明日の朝にしなさい。私もそう伝えておくからね」

「……は、はい。ありがとうございます」

 私は深くお辞儀しました。

 もう外は真っ暗闇だったので、内心ホッとしたのです。

 お言葉に甘えて、今日は瑞槍邸に泊ることにしました。


「あの~?」

 私達がそれぞれの寝室へ案内されたときに、チウネルは思い切って聞いたんです。

 女の子の幽霊――ナザリベスのことをです。

「1階の書斎で、チェンバロの横のテーブルの上にあった写真を、その……見たんですけど」

「ああ~! 君達はあんな奥まで迷い込んだんだね。あの写真は私と元妻と、私達の一人娘の三人の家族写真だよ」

 意外に感じました。

 とても明るくあっさりと、エルサスさんは隠すこともなく教えてくれたからです。


 ――そして、私は迷ったのです。

 今日の出来事は言わないほうがいいのかなと、迷っていたんですけれど……。

 心の中は、目の前で消えていったナザリベスのことで一杯だったから……不思議だったし。

「……わ」

 どう聞こうかなってしばらく考えてから――、

 もう、はっきり聞いたほうがいいと割り切ってしまって――、

「私達、会いましたよ」


「……娘に、ですよね」

「……はい」

 小さく頷いて、こんな話信じるわけないと思って失礼だったんじゃって、チウネルは思ったのだけれど。

 置時計だけが、


 カチッ……


 カチッ…… カチッ…


 と、時を刻んでいました。

 数秒――無言が続いてしまいました。


「……そうですか。私の娘から何か言われましたか?」

 エルサスさんは私達に顔を向けることなく、優しい口調で聞いてきました。

「……」

 私は、どう言おうかなって頭の中で考えました。

 少し混乱してきて、やっぱし言うんじゃなかったって思って、

 そしたら――、


「とっても謎々が大好きな、素敵な女の子でした!」


 トケルンが唐突に――、

 ナザリベスと謎々対決した感想を述べました。

 だから、私も続いて、

「そうです! 謎々を一杯出してきて、可愛くて素敵で……とても活動的で元気が良かったです!」

 両手に力を入れて、女の子の印象を伝えました。

 するとエルサスさんは――、


「もう、7年前に亡くなりました……」


 小さな声で教えてくれました。


「7歳でした」




 本当に幽霊だったんだ――

 聞くんじゃなかった……かな?





 続く


 この物語は、リメイクでありフィクションです。

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