第8話


「そう! 瑞槍邸みずやりていだ。――んで、『みずをやる』を言いかえると?」


「……水を掛ける?」

「そうだ! 掛けるだ。つまり引き算に見せかけて、実は掛け算をしろって謎々だ!」

「……そうなの」

 どうして?

 山荘の門の前で拾ったバースデーカード。

 あの時から……、この算数の謎々への布石だった……ってこと?

「ウソしかつかないって自分で言ってただろ? ちなみに、も嘘ということだぞ!」

「うん……」

「バースデーカードは、この女の子のことだろう。引き算はウソで――」

「――掛け算がほんとってこと」

 目を丸くしてしまうチウネルです。

 なんとなく、謎々の意味が理解できた……ような。


「……」

 ナザリベス……、『』という言葉を聞いた瞬間表情を一変させました。

 重い表情に変わってしまいました。

 トケルン曰く「答え自体も嘘」とは、どういう意味なのかな……?

 答え……二二六が?

「……つまり、歴史の教科書に書かれているそれが、嘘ってこと?」

 そういうことに……なりますよね?

 歴史は勝者によって書かれる……都合のいいように。

 チウネルには、よくわかりませんが……こんな意味だと思います。


【問題】「でもさ~、もっと重要な謎はな~んだ?」


 ナザリベスが、トケルンに謎々を続けて出してきます。


【解答】「クルト・ゲーデルが証明した不完全性定理だろ!」


「うわっ当たり~! お兄ちゃんって、やっぱ、すご~い!」

 すぐに、頬を緩めて大喜びするナザリベスです。

 その答えもすぐにわかるトケルンも……ねぇ。


「ふかんぜんせいていりって? トケルン……」

 歴史の次は理科……物理?

 なして??

 通路を走っていたときの彼との揉め事も忘れて、私はまったく恥ることなく聞きました。

 ただ純粋に知りたかったから……という気持ちで、彼に聞きました。

「番地を掛け算してみたか?」

 私はポケットに入れていた紙を取り出して、番地を確認します。

 そして、頭の中で少し時間が掛ったけれど、暗算しました。


「……1930?」

「そう、で、この数字の上に“くるとげっとできるよ!”というメッセージが書かれていただろ」

「……うん。だから?」

「来るとゲットできる。……クルト・ゲーデル」

「誰?」

「数学者だ! それはいいとして、その人が不完全性定理を1930年に証明した人だ」


「?……。だから?」

「だから、自己言及のパラドックスってやつ」

「なんなのそれ?」

 言っとくけど不完全燃焼じゃないですから……私の気持ちはそうだけど。

(トケルンさん? 物理から……やっぱし算数、数学に戻ったよね?)

 チウネルの脳という小宇宙は、ビッグバン状態です……。


「――例えば、私は嘘つきですと言ったとしよう。この言葉が正しければどうなると思う?」

「嘘をつく自分は正しいです。……かな?」

「そう! じゃあ反対に、この言葉が間違っていたらどうなる?」

「嘘をつく自分は……、嘘をついています?」

 チウネルの解答――合っているよね?


「つまりな! 自分が正しいのにですと言った自分。自分が嘘つきだと言っておきながら、嘘つきですとことを言った自分。どちらも矛盾していることになるんだ」


「……あっ、そういうこと!」




       *




「あははっ! もうこれくらいでいいや~。あたし、楽しかったよ~! あたし、お兄ちゃんに出会えて嬉しかったよ~! じゃあ~、ばいば~いだよ~!」


 ナザリベスは右手を大きく振ってから……、


 ふわわ~ん


「うそ……」

 私唖然です。圧巻です。

 あっけらかんで、あっかんべーで……。

 言葉の意味はわからないけれど、とにかく凄い霊現象でした!


「ナザリベス……浮いちゃった」

 なんと、ナザリベスが天井近くまで宙に浮いたのですよ!

 ほんとです!

 浮いたんですよ!

「……」

 でも、

 でもでも――、

 それはそれで、とても驚いたのですが、

 ……それより、私はナザリベスが言った言葉に疑問というか、違和感に気がつきました。


「嘘だ!」


 チウネルは思わず、大きな声を出してしまいました。

 すかさず、直感的に、ナザリベスの左手を掴みます。


「ねぇ……ナザリベスちゃん? 本当はさみしいんでしょ??」


 私、率直に聞きました。

「寂しくないよ~。お姉ちゃん……」

 ナザリベスは、首を大きく振って否定しました。

「……じゃあなんで、自分のチャームポイントは『ウソしかつかないこと』って、わざわざ言ったのよ?」


「……」


 空中に浮いていた身体をベッドの上に着地させると、ナザリベスは俯いてしまいました。

「なんで楽しかった、嬉しかったって過去形なの? 私たちは出会ったばかりじゃない? 本当だったら、あたし出会えて楽しい~、嬉しい~でしょ? その後に、じゃあ今日はバイバイって……続くはずでしょ?」

 チウネルは、大学の学業成績は……まあまあなんだけれど、国語――それも文学にだけは自信があります。

 登場人物の心情を、言葉のちょっとした言い回しから感じ取ることができます!


「……あはは。バレちゃったね。すご~い! お姉ちゃん、すご~い!! これ、あたしにも気がつかなかった謎々だ~!」

「やっぱり、寂しんだよね……」

 ナザリベスが言った「楽しかった……」「嬉しかった……」は、たぶん無意識に出た感情だと思います。

「……あたしね。あたしの音楽発表会に、ママ……来て欲しかったんだよ」

 ナザリベスは涙腺を緩ませて、一筋の涙を見せました。


「音楽の発表会? ママ? ママは、お家にいないの?」

「ありがとうね……」


 ナザリベスは、私の問い掛けに答えることなく……。

 今度こそ幽霊のように、私達の目の前からス~っと姿を消したのでした。






 続く


 この物語は、リメイクでありフィクションです。

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