第6話


 その写真には三人。

 大人の男性と大人の女性、そして女の子――。

 ――女の子、ナザリベスと同じ顔をしていました。


「……これ、家族写真だよね」

 写真の三人は家族なんだと、チウネルは直感します。


「……たぶん、みんな哀しむことになるかもな。……でも、俺にはハ長調に見えるから」

「え? トケルン? どういう意味?」

「ただの比喩、君はわからなくていい……。それに、俺達には無関係だからな、さあ帰ろう!」

 そう言ってから、トケルンは私の腕をつかみます。

 私は腕を掴まれたまま、書斎から廊下に出て玄関まで走ったのです。


「……ね、ねえ? トケルン?」

 彼は私の腕を掴んだまま、離そうとしません。

「ちょっと? 何が分かったの?」

「うるさい!」

 珍しく大きな声を出して、怒っています。

「お前の言いたいことは、よくわかる。だけど、この世界にはどうすることもできない運命というものがある……」

「えっ?」

 たぶん、ナザリベスのことを言っているのだろうと、チウネルはトケルンの気持ちを察します。


「壮大な幻の中に誕生したハ長調―― それだけでいいじゃないと思わないか?」


「ちょっと、トケルン! トケルンってば!」

 また、ハ長調――。

 ただの比喩だと彼が教えてくれて……。

「お前は無念なのか? なあ、お前は無念なのか?」

 トケルンが独り言を呟き続けていて……、

「変なトケルン……」

 気がついたら私達は、玄関のホールに戻っていました。


 彼が言った「みんな哀しむことになるかもな」と「ハ長調」、「無念なのか?」という言葉――比喩。

 子供らしくて明るい音階を、感情に例えているのだと推理したチウネルです。

 たぶん、こういうことでしょう……。


「ちょっと離して! トケルン!!」

 ホールに、チウネルの大声が響きました。


 ガチャ ガチャ


「ほら~、この扉開かないんだから~」

 ドアノブを回しても、やはり扉には鍵が掛けられたままでした。

「開かないんだから……ナザリベスに会って話をしないとね。多分さ、ご両親もこの山荘の何処かにいることだし……」

「何処にいるんだ? どこ?」

「もう、何処かにいるって?」

「どうしたのよ? あんたちょっと変よ!」

「俺はいつも変なんだろ?」

 その時――


 ボーン ボーン ボーン




       *




 私――チウネル、

 彼――トケルン。


 二人が同時に見つめた先には、置時計があります。

 その置時計の針が、10時の時報を告げていたのです。

「え? は~? 10時って、私達さっき来て、その時には4時44分だったじゃない。なんでもう10時なの? この時計おかしいんじゃない?」

 その時、笑い声が聞こえてきました。


 クスクスッ クスクスッ


 笑い声はナザリベスでした。

「どこ? ねえ? ちょっと何処なのよ?」


「こっこだよ~お姉ちゃん! お兄ちゃん!」


 ナザリベスの声が聞こえたのはホールの上から――。

 ホールの上にある二階の階段横の柱に隠れて、こっちを見て笑っていました。

「ふふっ! はははっ!! わ~い、わ~い。騙された~! 騙された~!」

 騙されたって何を?

 私はそう思ったのです。


 けれど、トケルンが――

「おいこら! この置時計の針をいじったのは、お前なんだな!」

「うん、そうだよ~! わ~い、わ~い。ビックリしたでしょ~? ビックリしたでしょ~? ははははっ!!」

 つまり、こういうことです。

 ナザリベスがホールにある置時計の針をいじって、10時の時報を鳴らして私達を驚かせようとしたのでした。

 というよりも……驚いたんですけどね。


「ふふっ! お兄ちゃん驚いた~。お姉ちゃんも驚いた~。二人揃って驚いた~。わ~い、わ~い」

「おいこら!」

 トケルンが螺旋状の階段を駆け上がっていきます。

 勿論、目指すはナザリベスの所へとです。

「ちょっと、トケルンって!」

 あっ……

 トケルンがキレたのだと思いました。

 チウネルも追い掛けます――


 ――私達が階段を駆け上がっていくとき、こんなことが頭に浮かびました。

 この情景って、何だだろう?

 まるで……、昔話に出てくるような情景じゃないかって。

 村で悪さをする野兎を、村人が必死になって追い掛けている。


「きゃはは~」

「おいって、逃げるな!」


 ナザリベス――とてもすばしっこくて足も速くて。

 トケルンが追い掛けても、捕まえられないんです。

 する~と彼の腕から逃げ切るのです。


「おら、お前も手伝え!」

 キレたトケルン。

 私に振り向きこう告げてきす。

「トケルンが捕まえられないんだから……、私には無理でしょ!」

「お前は俺に歩調を合わせて俺は左から走って、お前は右から走って……あいつを挟み撃ちにするんだ!」

 彼のその言葉を聞くなり、私は思い出したのです……。

「な……何が、お前は右からよ~。だから、あのときの分かれ道で、私の言う通り右に行ってたら、こんなことにならなかったんでしょ?」

 なんで、この場面では私に右を進めるかな?

 こうなったのは、トケルンのせいだからね――


「お前……まだ、それを気にしているんだな」

 当たり前でしょ。

 どれだけ重いリュックを背負って山登ってきたんだって話で……?

 そういえば、私のリュック……どこに?






 続く


 この物語は、リメイクでありフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る