第二章 幽霊

第5話


「でもね~。ここからが本当の謎々~!」


「まだあるの!」

 とても嬉しそうにナザリベスはチェンバロの傍で飛び跳ねています。

 その無邪気さに、私はついていけません……。


【問題】「じゃ~さ~。また同じ歌を唄いたいけど~、お兄ちゃん! もしラッパが吹けて演奏してくれるなら~、音階は何にする~?」


「お、おんかい? 音階?」

 目の前にいる小さな女の子の口から音階と言われ、私――チウネルは音楽の知識はほとんどないのですが、一番最初、玄関の前でトケルンの「イ長調」という言葉を思い出しました。

 私はハ長調とか短調とか、それくらいしか音階のことを知りません。

 だから、ナザリベスが音階って言ったことに、とても驚いたのでした。


【解答】「イ短調で吹いてやるさ!」


 こちらも驚きました。

 トケルンがさ! あっさりと解答したのですから。

「短調? どうしてですか? 子どもの童歌わらべうたなんだからハ長調じゃないの?」

 私は彼に率直に問い掛けます。


「六芒星でユダヤで大天使がラッパで……異端だ」

「……トケルン? 何それ??」

 私は……、もうチンプンカンプンでした。

 イ短と異端を掛けていることだけは、なんとなく理解しましたけど……。

「鶴は千年――千年王国の誕生だ」

 はぁ~?

 すっかり、ついていけません……。


「お兄ちゃん! 大正解!! すっごいや~」

 ナザリベスがはしゃいでいます……。

 凄く楽しそうに見えます。

 そんなに謎々を出題することが好きなんだ……。

 謎々のレベルが高すぎるけれど……。


【問題】「じゃあイ短調演奏付きで、この歌をあたしはね~、絡み合うように歌いたい、これな~んだ? いや~ん♡」


「この子、何変なこと言ってるの?」

 っぺたに両手を当ててクネクネし出したナザリベス。

 おませさんな女の子を見ていたチウネルも、なんだか恥ずかしくなって……。

 そんなこと思っていたら――、

 

【解答】「カラビ・ヤウ多様体のことだろ。最先端の幾何学の研究対象になってるやつ」


「ええっ!」

 私はトケルンの顔を見て、絶句してしまったのです。

 だって、まったく意味不明で訳がわからないからですよ!

 ――これものちに、彼から教えてもらって少しだけ理解できたのですが……。

 カラビ・ヤウ多様体という幾何学の形は、徳川埋蔵金の都市伝説に出てくる6つの埋蔵金のスポットの形と、2次元の断片形状が似ているのだと教えてくれたんです。

 ……よく分からないですね?


【問題】「あたしたちの世界って、一体どうなっているんだろうね~。お兄ちゃん」


 無邪気に燥いでいた動きをめて、急におとなしくなったナザリベス。

 力が抜けたように直立して、真顔で……これももしかして、謎々なのでしょうね。

「トケルン……、わ……わかる?」

 恐る恐る彼の横顔を見るチウネル――

 対してトケルンは、


【解答】「M理論によれば、超高次元空間に漂う高次元の膜の衝突によって発生した、余剰エネルギーから究極のバランスある確率を基礎として誕生した、壮大な幻だろう。ど~せ見ることはできないんだから、気にしなくていい」


「トケルン……凄い。これも、わかるの?」

「お兄ちゃん。すっご~い!!」

 まったくチンプンカンプンな私――チウネル。

 パチパチと笑顔を見せて拍手し出すのはナザリベスです。

「……凄くね~だろ」

 こんなもんだろ? と、したり顔を作るトケルン。

 言葉と表情が矛盾していて……なんか腹立つけど。


 ナザリベスがチェンバロから離れて、近寄ってきます。

「あ~あ、また負けちゃった~。でもさ~、次は絶対に負けないよ~」

「まだ、俺とやる気なのか?」


「うん!」

 笑顔で大きく頷きました。


「……」

 難解な謎々と意味不明な答え――

 訳がわからないから、私の頭の中は混乱していました。

 でも、私――チウネルは彼を見直していました。

 講義中、頬杖をついてボケ~と教授の話を聞いている彼を間近に見てきたから、この男……パッとしないなって幼馴染の彼に烙印を押してきたけれど。

「トケルンって、本当に頭良いんだね……」

 心の中に抱いた感動を、たまらず小声に出してしまうチウネルでした。


「――で、お兄ちゃん。もう分かったんだね~。あたしの言いたいこと。ふふ~ん。……んじゃ!」

 捨て台詞を言い残してナザリベスが……、

 消えたと思ったでしょ?

 そうじゃないんです!


 ナザリベスは私達の間をスーっと走り抜けてからドアを開けると、通路へと走って行ったのでした。


「……」

「……」

 しばらく、私達は書斎で無言になってしまいました。

 でも、お互い対照的な事を考えていたんだと思います。

 意味不明のチウネル、意味明快のトケルンです。


「……トケルン」

 彼の表情は思いふけている様に見えました。

「……あっ」

 ふと私は、チェンバロの横のテーブルの上に写真立てがあることに気がつきました。

 近寄っていくと……、

「記念写真か……」

 トケルンも写真立てに気がついたようで、同じように近寄ります。





 続く


 この物語は、リメイクでありフィクションです。

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