マッスルフィナーレを飾る花束2
月井 忠
第1話
KAC20235のお題は「筋肉」だそうだ。
第4回~第7回はユーザーがお題を提供しているということだから、考えたヤツは脳筋に違いない。
「クソが!」
俺は迷っていた。
すでに筋肉に関する作品を上げてしまっている。
この上、似たような作品を上げるわけにはいかない。
そこで俺は、富士の樹海に存在するというカクヨム極秘サーバーに侵入することにした。
すでにウィザード級のハッカーが、カクヨムへのハッキングを何度となく試み、その全てを跳ね返してきたという実績がある。
物理的に侵入する以外に方法はない。
サーバールームで情報を操作し、他のユーザーがアップした筋肉作品を俺のものとしてアップする。
俺はすでに筋肉の話を書けなくなっていたのだ。
計画は万全だった。
SNSで知り合った「とにかく怪しいヤスムラ」と名乗る者から、すでにいろいろな物を購入している。
まずは、一見するとホームセンターにでも売っていそうな針金二本。
これを鍵穴に入れてこちょこちょすると、勝手に鍵が開くらしい。
魔法のピッキングツールだ。
そして、情報操作用のマルウェアが入った5インチフロッピーディスク。
若い方にはピンと来ないだろうが、当時はこんな物で情報を持ち運んでいた。
気になる人は「5インチフロッピーディスク」でググってみてほしい。
まるで旧時代の遺物のようなものだが、セキュリティ対策にはサポート切れの技術を使うのが鉄則なのだとか。
未だにFAXが情報伝達の主力たる我が国では、現実味のある話ではある。
しめて合計六万八千円。
こうして用意万端の俺は、富士の樹海を訪れた。
……迷った。
さすがは方位磁石が使えなくなることで有名な樹海だ。
グーグルマップも、東西南北を失ったかのようにさまよっている。
俺はグーグルマップとともに富士の樹海をさまよった。
歩く体力も底をつきかけてきた頃、突如目の前に開けた土地が現れた。
樹海の中にぽっかりと開いた場所には、怪しい施設がぽつんと建っていた。
施設と言っても小さなコンクリート製の箱のようなものだった。
周囲をフェンスで囲まれ、コンクリートの箱の前には警備員が一人立っている。
俺はフェンスに近づくと警備員に聞こえるように声を張り上げる。
「すいませーん、道に迷ってしまったのですが」
警備員はこちらに気づくと向かってくる。
「それは、大変でしたね。私の方で連絡しましょうか?」
警備員はフェンスごしに応えた。
「いえいえ、それには及びません。しかし、それにしてもここって何の施設なんですか」
「ああ、カクヨムさんの極秘サーバーが地下にありましてね。その入口です」
あっさり答えたぞコイツ。
「そうですか、良かった。私、実は今日ここに配属された新人でして」
とっさに嘘をついて、忍び込む余地を探る。
「ああ、そうだったんですか。ではこちらに」
警備員はフェンスの向こうから案内し、門を開けると敷地に入れてくれた。
例のコンクリートの箱の前まで来る。
「どうぞ」
警備員が扉の横についたパネルのような物を指し示す。
「え?」
「ですから、生体認証を」
なんてことだ! 鍵穴がない。
せっかく「とにかく怪しいヤスムラ」から買った魔法のピッキングツールが!
警備員はにこやかに促すばかりだ。
仕方ない、やるしかないか。
俺はパネルに手をかざす。
「いえ、そうではなくて」
何!? もしや虹彩認証か。
俺は、ははっと笑うが、もはやごまかせるわけもない。
不審に思ったのか警備員は、耳につけたイヤホンマイクで報告を始める。
「いや、違うんだ俺は!」
「知っていますよ。あなたカクヨムユーザーですよね。フン!」
警備員は力を込めると、ビリビリと音を立てて服が弾けた。
制服は散り散りとなって宙を舞う。
現れたのは小麦色の肌と、ルビーレッドのブーメランパンツ。
そして筋肉だった。
「お、お前は!」
「俺のペンネームは筋繊維
「まさか! 実在していたなんて!」
「君の作品読んだよ。『マッスルフィナーレを飾る花束』。僕を登場させてくれたらしいじゃないか。
URLは https://kakuyomu.jp/works/16817330652621352651 だったかな?」
「しれっと宣伝をするな! ってか口頭でURL言うヤツ初めて見たわ!」
「いい作品じゃないか。アレを書ける君がどうして、こんな怪しい行動を取るんだい?」
「お前にはわからない! 書き手の苦悩が!」
「HAHA~! 僕だってカクヨムユーザーだよ? ちゃんと作品も上げている」
「何? ということは今回のお題はお前が!」
「HAHA~? 500件ほどお題を送ったが、今のところ採用はされていないねえ。まあ、KAC2023はまだ終わっていない。今後に期待するさ」
きっと運営はコイツのことをブラックリストに載せているだろう。
「それで、どうしてここに来たんだい? とても良い理由とは思えないねえ……フン!」
両腕を左右に広げて力こぶを作り、
上半身が作る逆三角形のシルエットを目立たせるものだ。
俺は前回の作品を書く上で、ポーズの名前を熟知してしまった。
知らず知らずのうちに、筋肉に魅了されていく。
「俺は! 俺は同じ展開の作品を書きたくない! すでにここまで前回と全く同じ展開なんだ! それが恐ろしい! この先、オチまで一緒だったら……」
俺は震えた。
常に新しい物を作っていたい。
同じ所にとどまることは死を意味している。
「なんだ、そんなことかい……ハッ!」
両腕を下ろして腰の位置に当てる。
背中の筋肉をラットと呼ぶ。
「筋トレは続けることに意味があるのだよ? 同じメニューを怖がる必要はない」
「くっ!」
俺の心に迷いが生じた。
俺は何を怖がっているのか。
恐怖の正体がわからなくなっていた。
「挑戦し続ける姿は素晴らしい。その姿を否定するつもりはない。だが、自身に挑戦を課し続ける君の姿は哀れでもある……デァ!」
「何、だと!?」
「君は筋肉を増やそうとして、己に枷をはめた。毎日筋トレをする、とでも決めたのかな? しかし、それが辛くなり始めているのではないか?」
俺は無言で膝をつく。
「己に目的を課すのは素晴らしい。しかし、目的に縛られているようでは身も蓋もない」
「SかMか、という話か?」
「君は何を言っているんだ?」
「いや、同じネタでもコスり倒せば出てくるものがあるということだろう?」
「なんて、卑猥な!」
「いや、下ネタじゃないって! ってか、下ネタに受け取るほうがスケベ脳だからな!」
「な、に!」
むっつりスケベちゃんめ!
だが
俺は同じ展開の物を作りたくないという、自ら作った枷に縛られすぎている。
そもそも、俺はどうしてカクヨムにいるのか。
小説を書きたかった、小説を読んでほしかった、そしてあわよくばデビューもしたかった。
「わかったようだな! トゥア!」
むっつり
「恥ずかしがりながらポージングを決めるのは、筋肉に向き合えていない証拠だ!」
「……そうなのかもしれない」
同じ展開だ、文字数が少ない、文章力が足りていない。
俺は小説をアップしない理由ばかりを探していた。
己を否定する言葉たちは、いつしか俺から書く喜びを奪っていた。
「君が君を否定したら、筋肉は応えてくれない。無心に筋トレをしろ! 恥など考える暇があるなら筋トレをしろ! お前の持ってる筋肉を鍛えるしかないんだよ! HA!」
そうだ! 俺はこれまで多くの小説を書いてきた。
俺の思う出来と、読者の好反応は必ずしも一致してこなかった。
俺が不出来だと思って非公開にした作品を誰かが褒めることだってあるかもしれない。
作品を世に問うてみる以外に評価は定める方法はない。
俺の価値は、俺だけが決めて良いものじゃない。
身体のあちこちから筋肉の声が聞こえ始める。
この物語のオチは決まった。
前回と全く同じオチに向かって進み始めている。
「来たな!」
釣られて俺も見上げると、空には筋肉が密集していた。
ブーメランパンツのマッチョマンと、ビキニ姿のマッチョウーマンたちがパラシュートで降下して来たのだ。
彼らは施設の周囲に次々と降り立つ。
しかし、ほとんどの者たちが風に流され樹海の木に絡まっていく。
宙吊りになり、ジタバタと足掻くが、どうすることも出来ず、だらんと手足を投げ出していた。
無事、降下に成功したマッチョたちがこちらに近づいてくる。
「やあ、
「ああ、
互いにサムズアップして、白い歯を見せた。
「君にカクヨムの真実を見せてあげよう」
そう言うと
「ちょっと待て、何をするんだ!」
俺の文句は聞かず、
「はああ~」
ピコーン。
「アルコール未検出」
という文字が出た。
まさか! アルコール検出機だったのか。
チーン、という音が鳴って扉は開く。
「言っただろう? カクヨムの真実を見せてやるのさ」
俺は筋肉に押され、脱出することができなかった。
スーッと扉が閉まると、小部屋は音を立てて動き出す。
「そうか、エレベーターか!」
地下に向かって進む中、ここには一人もマッチョウーマンがいないことに気づく。
そういえば、隣にも扉があった。
おそらく女性専用エレベーターだろう。
満員電車さながらのすし詰め状態で、そんなことを考えていた。
下からガチャン、ガチャンという金属音が聞こえてくる。
俺は否応なくカクヨムの真実というものに興味が湧いてきた。
チーン、と音がして扉が開く。
外へとなだれ込むマッチョマンに流され、俺は外に出た。
そこには、筋肉がひしめいていた。
広い空間にはありとあらゆる筋トレ器具が並び、そこではマッチョマンやマッチョウーマンが金属音を立てながら筋トレをする姿があった。
「地下トレーニングジム?」
「これがカクヨムだ!」
隣で
わけがわからない。
ふと見ると、エレベーター出口のすぐそばにはPCが三台ほど無造作に置かれていた。
PCには紙が貼られていて「すーぱーこんぴゅーたー」と書かれている。
富士樹海サーバーというのは嘘ではないようだ。
もっともスーパーコンピューターとサーバーは厳密には違うような気もするが、俺はその疑問を飲み込んだ。
よく見るとサーバーからは線が伸びていて、筋トレ器具につながっているようだった。
「まさか、この筋トレ器具で!?」
「さすがだな! そうだ! 筋肉を動かしながら発電して、サーバーを動かしているのさ!」
「これがカクヨムの考えるカーボンニュートラルなのか!」
「素晴らしい未来だろう? イッヤ!」
俺は
素晴らしいかどうかは置いておくが、壮観なのは確かだった。
「さあ、君は書き給え!」
そこには学校に置いてあるような机と椅子がぽつんとあり、ノートパソコンが置かれている。
「おう!」
俺は机に向かい、一心不乱にこの物語を書き始める。
筋肉の赴くままに言葉を打ち込んでいく。
「乗りに乗っている所悪いが、ちゃんと推敲はしろYO!」
「ああ、わかってる。クールヘッド、ウォームハートだろ?」
俺の打鍵は止まらない。
どこからか筋肉の音が聞こえてくる。
バルクアップ、バルクアップ。
キレてるよ、キレてるよ。
俺はその幻聴に耳を傾ける。
音は世界全体から聞こえてきた。
刹那、俺は理解する。
この声は世界各地に散らばるカクヨムユーザーの声だ。
カクヨムユーザーがそれぞれ「筋肉」というお題に立ち向かう声だ。
あるものはスクワットをしながら小説を書いている。
あるものはベンチプレスをしながらプロットを練っている。
俺たちは一つだ。
すべては筋肉でつながっている。
俺はハッとした。
インターネット回線は筋肉繊維で出来ているのだと気づく。
Wi-Fiは筋トレ中に飛び散った汗が空気中に含まれたものだ。
そうか、だからカクヨムユーザーの声が聞こえるのか。
その時、電撃のような気付きがあった。
この「筋肉」のお題を提示したカクヨムユーザーは、このことを知らせたかったのか。
俺たちは筋肉でつながっているということを。
カクヨムの運営もそのことを見抜いて採用したに違いない。
そして、
カクヨムは俺たちの筋肉をつなげる場なのだ。
いつの間にか
この広い空間のどこかで筋トレをしているのだろう。
筋肉で埋め尽くされた空間から
俺は目の前のノートパソコンに意識を集中させる。
気づけば、俺の腕に袖はなくなっていた。
服も綺麗に消えている。
履いた覚えのないブーメランパンツ一丁で、ひたすらノートパソコンに向かっていた。
腱鞘炎や肩こりとは無縁の筋肉でもって、文字を打つ。
筋肉から発する汗が蒸発を始め、湯気となってたちこめる。
頭は冴えている。
何度も推敲をした上で、この作品をアップする。
そうさ、俺たちはこうしてKAC2023を乗り越えていく。
まだまだKAC2023は終わらない。
さあ、君も筋肉を育ててカクヨム・アニバーサリー・マッスルチャンピオンシップに挑戦だ!
マッスルフィナーレを飾る花束2 月井 忠 @TKTDS
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