第7話 ヨルムンガルド

 自身の命に宿る想い、能力と力の全てを今ここで出し切ると決めた順が綾佳となつきを背に庇いながら身構える姿に、グリフォンが機動装甲越しに嘲笑う。


「うっひょお、かっくいー!ま、もういいな。飽きた。ケイオスと元幹部の雑魚二匹をサクッといただいて帰るとすっか!祝杯だ……ん?」

「させるか!……何?!」


 緊迫したロード仕様の青いヘルメットを被る制服の少女が、倉庫の物陰からグリフォンに向かってロードバイクごと飛び込んだ。


「きゃああああ!湯だった蟹さん、どいてえええ!」

「誰が蟹じゃボケえ!俺は『グリッ』?!」


 どごっ!


「いったーい! 何するんですかあ!」


 ごいーん!!


「うげえ!」

「通せんぼヒドイっ! 着地満点、えへ☆」


『グリフォン』に、二輪全力走行によって勢いづいた少女のヘルメット頭突きと腹いせの缶蹴りキックがお見舞いされた。


 体操競技の如く華麗に地面に降り立つは、MN=Wムーンライト・ナイト=ウォーカーのトップであるシロ仮面の娘、本上村弥生である。 


「……え? 制服……あれは弥生ちゃんか?」

「いってえ!誰だこらあ!ヒーローごっこの増援かよ……え?ガキ?」


 あどけない顔立ちのヘルメット姿の少女の出現に戸惑いながら、揺れる頭を押さえる『グリフォン』。


「そんな所に突っ立ってるのがいけないんですよ!思わず蹴っちゃったじゃないです、か……?えへへ、美味しそう。じゅるり」

「蟹じゃねえ!よだれ拭けよ!今更雑魚ざこ一匹来たってな……何だ?その装備……装備か?」

「装備って何なんですか!ヘルメットはお父さんから入学祝に貰ったんです!何をじっと見てんですかあ!私のカッコに文句でもあるんですか?!ロリコン!変態!!」

「変態じゃねえ!むしろ文句を言いたいのはお前にだ!俺様の自慢の装甲を蟹呼ばわりすんじゃねえ!」

「しらばっくれないで下さいよ!」


 ぎゃいぎゃい!と言い合う『グリフォン』と少女に、順はぶるり、と身体を震わせた。


 レベルAの機動装甲。


 ロケットランチャーで撃たれても、電柱を軽々と殴り折る破壊力を誇る全身装着式の装甲。それを相手に目の前の少女は、ほぼ生身の状態でダメージを与えた。



(ヘルメットは特殊装備か?A級装甲に対しても損傷が見られない。見たところは自転車用のヘルメットにしか見えないが……)


 

「ねえ!足一本下さいよ!二本でもいいです!」

「意味わかんねえ?! 何か知らんがお前もぶっ潰してやんよ!」

「……あー、寝ちゃったのかーこの展開。でもでも神様!今日はお願いします!起きる前に蟹食べ放題で!『変っ……』」

「変身だと?……てめえレベルAか!はっ、誰が来ても変わりゃあしねえ、捻り潰してやらあ!」


 いきどおる『グリフォン』の言葉とは裏腹に、順は思わぬ展開に拳を握りしめた。



(『変身』!援軍はレベルAか、ありがたい!……ん?何を怯えているんだ二人は)



「怖がらなくても大丈夫、援軍だ!」


 事態の好転の予感に、じわり、と胸を熱くする順だったが、綾佳となつきの震える姿に首を傾げる。











『……ヨルムンガルド











 驚くほどに澄み切った弥生の声が、夜に響きわたる。


 そして。


 ゆらりと、姿を入れ替えたようにギンガムチェックのコート、黒いミニスカートにオッドアイの少女が出現した。


 夜の闇の中でも一際艶やかに輝く漆黒の黒髪を一括りに結わえた少女は、コキリ、と首を鳴らして嬉しそうに微笑む。

 

「ふむ。食いでのありそうな蟹だ」

「だから俺は変態でも蟹でもねえ……な、何だ?……何だお前!!」




 ギ!


 ギ、ギ、ギ!


 ギギギギギギギギギギギギ!




 天空から聞こえる、巨大な獣の鳴き声のようなきしみ。ねっとりと全身に絡みつく恐怖に順とグリフォンは立ち竦む。



(『ヨルムンガルド』だと!これが存在変質……レベルS!しかし……これは……これ程のものとは!)



 思わず震える綾佳となつきを抱きしめた順は、『ケイオス・ジャッジメント』として闘うようになってから感じたことのない感覚に息をんだ。


 存在感。

 威圧感。

 そして、絶大な力を持つであろう存在への恐怖感。


 全てが、桁違いであった。

 


(な、何が……いや、何が起きても二人だけは守る!) 





 一方、目の前に突如出現した恐るべき存在値の少女に『グリフォン』の声は裏返った。


「俺……僕!用事を思い出しまして!帰らせて貰っても?!」

「蟹美味しい。味噌まで逃さん」

「蟹じゃないつーの、ですってば!」


 凶獣『ヨルムンガルド』、推参。

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