第6話 この時の為に

 


『ジャッジメント』発動から6分。


 順は綾佳となつきの攻撃を凌ぎながら、強化によって上がったパワーと速度によって『ペルソナ』の稼働限界を呼び起こそうとしていた。


 ヒットアンドアウェイと上下左右から緩急をつけ、『ペルソナ』の関節部や動力機関にダメージを与え続けた。


 結果、順の眼前で二人の『ペルソナ』の至る所から白煙が、火花が上がっている。


 もちろん、限界まで上がった性能と引き換えに強化繊維ケブラーのみで包まれた順の身体も無事で済むわけがない。


『ペルソナ』同様に、順の身体が、が限界を迎えようとしていた。


「あ、はぁ」

「きゃ……はっ」


 動きが鈍りつつも、一歩また一歩と向かって来る二人。



(痛いよな、苦しいよな。ごめん。ごめんな。もう少し……もう少しで助けてやれそうなんだ。綾佳となつきの未来を取り戻せるんだよ。それだけは手伝わせてくれ。愛する家族に手を上げた俺に、二人との未来が……傍にいる資格が、ある筈はない。あっちゃいけないんだ)



 その想いと共に噛み締めた唇から、負った傷からではない鮮血がまた、したたり落ちていく。



(人の幸せ、希望、笑顔、未来……自分達の欲の為に平気で踏みにじる悪は許せない。でも……結局は俺も同じ。綾佳となつきを取り戻したかっただけの、偽善者)



 妻子を奪われてから、懸命に悪と闘いながらも愛する綾佳となつきの事をひと時たりとも忘れずに過ごしていた日々の中、常に自分を責め続けている順は自嘲する。


 どんなに傷つこうと全力で悪と立ち向かい、困っている人間には躊躇いなく手を差しのべてきた自らがどれだけ感謝され、憧れを持たれているかを順は知らない。


 知ったとしても、『そんなご立派な人間じゃないさ』と苦笑いする。それが、四ツ原順という男だった。



(でも……ようやく、これで……)



「管制!弱体化した二人を押さえる!二人の現在のデータとGPSマーカーをつけるから合図をしたら転送を頼む!」


” 了解!まずは『ペルソナ』の情報を下さい! ”



(結局、ヒーロー歯車にはなれなかった。二人の幸せさえ守ってやれなかった俺だ。……もう終わりだ。世界にも二人にも、俺は必要ない)



 順は手を伸ばし、躊躇ためらいつつも二人を抱きしめた。綾佳となつきはその腕の中で力なくジタバタと藻掻もがいいている。


「嫌かもしれないが、ごめんな。きっと研究室で……」


” きゃあ!う、嘘……! ”


 万感の思いを胸に、二人を一度だけ固く抱きしめた順が、オペレーターの悲鳴に眉をひそめる。


「どうした?」


” 前回のデータと違う!機動装甲じゃない!人体融合率86%?!生体兵器リビングウェポン?! 敵性反応を持つものはここに転送できません! ”


「そ、んな!そんな馬鹿な!それじゃ……!」


 生体兵器。

 人体融合率、86%。


 順の脳裏に浮かぶ、綾佳の、なつきの笑顔。 

 やっと掴んだ僅かな希望が、二人の未来が。


 ボロボロと、零れ落ちていく。


「あ、ああああああああああああああ!」


 絶望に声を上げる順の前に、全身を深紅に染め上げた新たな機動装甲が出現し、高々と嘲笑った。


「あーはっはっはっは!こいつは堪んねえな!おらあ!」


 二人を抱えて絶叫する順に、折れた鉄骨が飛来する。


「ぬう!」


 間一髪で気付いた順が、綾佳となつきに覆いかぶさる。


「ち、避けやがった!しぶてえなあ!」

「誰だ貴様!」


 座り込んで動かない綾佳となつきを背に庇い、突如現れた敵を赤いを睨みつけた順。


「いやあ、最高だわ!高みの見物してりゃあ、うざってえ四ツ原ケイオスはまんまと時間切れ!んででA級の№1とか抜かしてた女とガキは死にかけ!ごっそさーん!俺の筆頭幹部昇格は決まったな!この『グリフォン』様の時代がやってきたぜ!」

「やらせるか!……ぐっ!」



” 10分経過、『ジャッジメント』切り離パージします ”



 機械音声の、順の変身の解除を告げる声が響き渡った。


「もう変身できねえんだろ?ベラベラ喋ってたもんな!」



(油断だった。過去のデータから『ペルソナ』が出現した時はレベルAの機動装甲が来ないと思っていた。いや、コイツは待ち構えていた。まさか俺の『ジャッジメント』を狙っていた? マズい!)



「綾佳、なつき!逃げろ!時間を稼ぐ!早く!『甲刀』!」


 順はよろめきながら、その手に装備を転送させた。が、地面に腰を落として動きを止めている綾佳となつきに歯を食いしばる。


「頼む、動いてくれ!俺が闘えるうちに!」

「そんな玩具おもちゃで何ができるってんだぁ〜?」

「できるさ。管制!空いているB装備を転送する!」


” ケイオス!どうしたの?! ”


「新たなレベルAが出た!時間を稼ぐから……」


” 新たなレベルA?!了解しました!沈静化しそうな現場から救援を……え?ボス?……はい……はい?ケイオス!ボスが『今、援軍が行くから』 ”


 ピッ。


「転送」


 オペレーターとの回線を自ら切った順が、B級装備の籠手と膝下の装備を装着して身構える。


「ケイオスちゃ~ん。悪あがきはみっともないぜえ?とっととくたばっちまえよ。どうせもできずに泣き叫んで死ぬだけだあ。そこの二匹と仲良くあの世に送ってやっからよ。おお!俺様、優しい!あっはっはっはあ!」

「二匹、じゃない!!!」

「おっと?」


 ギャリイ!


 切りかかった順の甲刀を、『グリフォン』が腕で軽々と払う。


どんな姿でも大切な妻と娘だ!!」

「お涙頂戴ってか?ならお前らの命を俺にちょ~だい?」

「……やらせるか!」


『グリフォン』と対峙する中、順は肩越しに綾佳となつきを見やった。二人は地面にうずくまったままであった。



(ああ……そうか。俺……)



「行くぞ!『グリフォン』!好きにはさせん!」

「あーあ、鬱陶うっとうしいなお前。とっとと死ね」











 俺の命は、この時の為に。



 








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