第4話 なあ、帰ろう


「まあ、おじさんの話は置いといて……」


 話題転換をものともせず、悠多は真っ直ぐな瞳で順を見上げた。


「会えないの、さびしいねえ」

「そうだ、ね」


 そこで、順と変わらない程の年代の女性が、遠くから駆け寄ってきた。


悠多ゆうた?!」

「あ、お母さんだ!」


 悠多がベンチから飛び降りて、母親に抱きついた。

 

「もう! なかなか帰ってこないからスマホのGPS見て来たんだから! 何の為にスマホ持たせてると思ってるの?」

「ごめんなさい! おじさんにお話聞いてもらってたの!」


 順は立ち上がり、深々と頭を下げる。


「あ、あの……貴方は?」

「お母さん! おじさんは僕の話いっぱい聞いてくれたんだ! 元お巡りさんなんだって!」


 怪訝な顔で順を見る母親に、悠多が笑いかけた。その言葉に安堵の表情を浮かべる母親が、慌てて頭を下げた。


「あ! そ、そうでしたか! ウチの悠多がご迷惑をおかけしてごめんなさい」

「四ツ原、と申します。いえ、こちらこそ悠多君を引き留めてしまいました。申し訳ありません」

「もー! おじさんは悪くないの! お母さん、僕お腹減ったよ! 早くお家帰ろ!」


 順をかばう様に母親を急き立てる悠多。


「もう、この子ったら……はいはい」

「はい、はいっかい一回でいーの!」

「もう! ……四ツ原さん。ありがとうございました」

「いえ、お気をつけて」


 母親の背中を押す悠多を見送る順の視界の中で、悠多が、くるり、と振り返った。


「おじさん!」

「ん?」

「おじさんが辛い時は、僕が守ってあげる !僕はおじさんの味方だよ! ハートに筋肉つけるの、頑張るから! おじさんも頑張ってね!」

「……!!」


 きょとん、とする母親の背中を押し、夕闇の中に消えていく悠多を見守った順はベンチに座り込んだ。


 心の中が、溢れんばかりの温かさでいっぱいになる。


「は、はは……。不意打ち、効いたな……」


 そこに。


『ムーンライト・ナイト=ウォーカー』からの緊急コール音が鳴った。


 順はスマートウォッチ型の端末に手をやる。


「四ツ原です」


" 『幽奇』と思われる集団が、23区内で宝石店を同時に強襲しました!宝石のGPS情報を送りますので確認してください! "


「わかった。公園の出口迄移動するから追跡用の機体を送ってほしい。私物を置くから、移動したら回収してくれ」


" 座標及び地形確認!『ラウンダ大型モービル』転送準備に入ります! "


 公園の出口迄走った順は出現したラウンダに乗った。


「悠多君、ありがとう。ハートの筋肉ムッキムキだ!」




 GPS情報を元に、ラウンダは映し出される光点を自動運転で追尾していく。ハンドルの横に設置されたナビに目をやりながら、順は首を捻った。


(近いな。湾岸方面、アジトを新たに作ったか……)


 ヘルメットの中で顔をしかめる。

 

「どちらにしても『ペルソナ仮面』が出てくる迄に奪い返す」


『ペルソナ』。


を境に現れるようになった、犯罪組織『幽奇』所属の機動装甲、二体。白を基調とした人型の機体は、順が出動する現場に必ずと言っていい程出現していた。


(『ケイオス』のアップロード装備改良を重ねても、『ペルソナ』は同じ様に強くなっていく。まるで俺に合わせて進化していくように)


 だが。


 『ペルソナ』2体がどんなに強くなったとしても、順には打ち倒さなければいけない理由がある。


 この世界の歯車になりたい、という想いと同じくらいに成し遂げたい事がある。その為に順は闘っているのだ。



「ぐああ!」

「『ケイオス』が来たぞ!『ペルソナ』はまだか!」

「『天命』の奴らが来たアジトに……ぎゃあ!」



(『天命』か。犯罪組織同士が奪い合うなど、見苦しい話だ)



 東京23区、湾岸地帯の廃倉庫を模したアジトの中、順は新たな情報を得つつ変身しないまま、『ケイオス』の装備ではなく汎用の『ブレイド甲刀』のみで敵を打ち倒していた。


 所有者と同一化する機動装甲『ケイオス』が力を与えてくれるとはいえども、順は過剰な力を行使する事がない。それは、順が警察にいる頃から変わっていない。


『ムーンライト・ナイト=ウォーカー』の一員として新たな力を手に入れた事により、より強大な力を行使する存在がいる事を知ったからでもある。


 そうして。

 決して油断をせずに、順は牙を研ぎ続ける。



「おい! 変身する前に四ツ原、仕留めんだよお!」

「余裕かましてんじゃねえよ! 四ツ原あ」


(B級機動装甲二体。それに後は五人くらいか。来い、『バーストブレイド爆甲刀』)


 持っていた甲刀から燃えるように赤く光る『ケイオス』の専用武器に切り替えた順は一気に踏み込み、機動装甲に袈裟、逆袈裟と連続して振り抜く。


「ぎゃあああ!」

「がああ!」


 爆発と共に吹き飛ばされる機動装甲二体は転がった先で動きを止めた。

 

「ああ、み、見逃してくれ! 返す! 返すから!」

「い、命だけは! うひゃああああ!」

「貴様らの命など誰がいるか。『転送』」



 逃げていった『幽奇』の構成員が置いていった、GPS付きの宝石が入ったアタッシュケースに触れて仮の所有権を移動させた順が、回収の依頼の通信を送ろうとしたところに、それらは現れた。


 夜の闇の中に浮かぶ、大小の白い機動装甲。


「来たな、ペルソナ『ヒダリノツバサ』『ココロ』!」

「「……」」


 『ヒダリノツバサ』の無言の回し蹴りが飛んできた瞬間に、順は地面にバーストブレイドを振り抜いた。


 轟音と共にアジトの床が爆砕し。


「「……?」」


 濛々もうもうと舞い上がった煙の中に順の姿を見つけられなかったペルソナ二体が、首を傾げた後に辺りを探る。


「俺はここだ!」


 上から聞こえた声にペルソナが見上げた。

 バーストブレイドの爆発と共に天井へと飛んでいた順。


「『幽奇』の機動装甲、『ヒダリノツバサ』『ココロ』、いや……須弥綾佳しゅみあやか、須弥なつき!」

「「……」」


 何の反応も示さずに順を見上げる、長短の黒髪のペルソナ二体。


「知っているんだ。その装甲の破片から得たいくつかの情報でな。名字が変わったのは、俺を憎んでいるからか?」

「「……」」

「守れなくて、すまなかった。辛い思いをさせて、申し訳なかった。俺の事はどれだけ憎んでもいい。望むなら、命だって惜しくない」

「「……」」


 変わらずじっと無言のまま見上げてくる二体に、順は一度言葉を切ってから、言い放った。


「なあ、帰ろう。みんな心配してる。綾佳となつきの事、会えるって信じて待ってる。待ってるんだよ。だから、あの優しい世界にうちのMN=W研究所で二人のペルソナの研究も進んでいるんだ」

「「……」」



 だから。


 負けられない。



変っ……ロード・


 

 だから。


 今日こそは。

 


……身ケイオス!!』



 順の身体が黒い機動装甲に包まれていく。



「絶対に……俺は!諦めたりはしない!」

「「……!!」」





 こうして。


 ケイオス・ジャッジメントと、『ヒダリノツバサ』『ココロ』の闘いが、幕を開けた。





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