第3話 いつも、心に。
スポーツバッグを肩に掛け米袋を肩に乗せながら、夕焼けの光を背に受けてのんびりと歩いていた順は、区立公園の入り口を見て、ぴたり、と足を止めた。
緑に囲まれた、大きめの公園。
順は街で会ったかつての上司の言葉を思い出していた。
「そういえば、最近ひったくりと痴漢があったって
●
出入り口の配置。
人が溜まりやすい場所。
隠れやすい所。
順は取り出したタブレットで、マーキングしていく。
(ひったくりのあった場所と痴漢のあった場所はここに、ここと、この地点……後でデータを木島さんに……ん?)
「ううっ……ぐす。ひっく……ひっく」
聞こえてきた泣き声。
目をやった順は、ベンチに座る子供が目に入った。
順は集中して、辺りの気配を探りながら駆け寄る。
(怪しげな気配はない、か)
ふう、と息を吐き、泣いている子供に近寄っていく。
男子にしては長めの髪が、俯いた顔に垂れている。
が、黒いランドセルをベンチの脇に置いている。
(男の子、かな)
あたりをつけて、順は声を掛けた。
「どうしたんだい?」
びくり!と体を震わせた子供が顔を上げた。
涙に濡れるパチリとした大きな瞳と目が合った。
ハーフのような整った顔立ちの子供を、マジマジと見てしまう順。
「おじさん、だあれ?」
「公園を通りかかったら、泣いてる君を見つけたんだ。どうしたの?」
「……知らないおじさんに言いたくない」
そう言っては、また瞳に涙を溜めていく。
「落ち着いたら一人で帰れる?うちは、近いの?」
こくり、と頷いた子供。
「じゃあ、おじさんは君が落ち着くまでそこのベンチに座って仕事してるから。迷惑かもしれないけど、昔警察で働いてて君みたいな子供を放っておけないんだ」
「え!おじさんお巡りさんだったの?!」
「昔ね」
「カッコいい!悪いやつらをいっぱい捕まえたの?聞きたい聞きたい!」
(そこに食いついたか。ま、嬉しそうならいいか)
順が座れるスペースを開けてくれた子供に苦笑いをして、座り込んだ。
●
「そうか、
「僕だって男らしい顔になりたかったのにさ?」
悠多は唇を尖らせる。
表情がまさに膨れっ面の女の子に見える。
「言い返したりはしないの?」
「はじめは怒ったけど、あっちは人数いるし、それに段々人数が増えて……ズルいんだよっ。こっちは一人しかいないのに」
「それじゃ悔しいよなあ。味方はいないの?」
「いる。でも、こっち来ないでって言ってる」
予想外の言葉に目を見開く順。
「どうしてだい?」
「……だって一緒にいじめられちゃうよ。あいつら、優しいけど弱っちいからさ。だから僕が……守って、あげないと……僕が、我慢すれば……」
悠多の言葉が尻すぼみになり、その顔が不安げに地面に向いていく。
(いじめられて、いじめの人数が増えてもこの子がへこたれていないのは、仲間を守りたいって気持ちが支えになっているのかもしれないな。でも、いつかは……)
健気な少年に何かできる事は無いか。
掛けてやれるべき言葉は無いか、と順は考える。
「……悠多君、格闘技か何かしてるの?」
「悔しいから、空手始めたんだよ!見て!どう?」
悠多が腕まくりをし、白く可愛らしい二の腕を見せた。
あまりの無邪気さに、順は娘のなつきを思い出して頭を撫でそうになる。
「おじさん、力強そうだね!僕よりスゴイ?」
「ん?あ、ああ。おじさんも悠多君に負けないぞ?ほら」
順も腕まくりをする。
悠多の目の前で曲げられた腕の、二の腕が大きく盛り上がった。
「うわー!すっごーい!カッコいい!」
悠多が興奮して
「僕がこんなだったら、イジメる奴ら全部ぶっとばしてやるのに。ね、ね!どうしたらこんな風になれるの?」
「……悠多君、体の筋肉だけじゃ強くなれない。大事なのは、ここさ」
力瘤を作っていない左腕で、順は胸を押さえた。
「ハートが強くなきゃ、鍛えても駄目だったんだ。ハートにこそ、筋肉さ」
「ええー。筋肉がすごかったらそれだけで十分だよ。ケンカ勝てるよ!ハートに筋肉って意味分かんないし!」
「じゃあ、知らない相手と絶対に負けられない闘いをするとしたらどうする?」
順の問いに、唇を尖らして、むむむーと考える悠多。
「ヒーローみたいにぶっ飛ばせばいいじゃん」
「ここで諦めたら、大切な人がひどい目にあう。悲しい思いをする。そういう時に自分を立ち上がらせるのがハートの筋肉だよ。『もうダメだぁ』って思いながら力が出せると思う?自分が諦めた時が終わりなら、諦めないで自分の大切を守れたら……勝ちなんだ」
「んー、よくわかんない。まずはハートを強く、だね!」
首を傾げる悠多に、微笑む順。
「あはは、そうだね。難しかったか。まずは身近な人を参考にするといいよ」
えへへ!と笑った悠多が、順の顔をまじまじと見て不安げな顔をした。
「おじさん、大丈夫?僕の情けない話を聞いて、泣きたくなったの?ごめんなさい!僕、ハートに筋肉頑張るから!泣かないで!」
「そ、そうじゃない!そうじゃない!」
順は慌てて否定し、弁解した。
「おじさんにも子供が……いてさ。悠多君くらいの年の女の子が。懐かしいなって」
「……?おうちにはいるんでしょ?」
「もういないんだ」
「……」
「……」
言葉を探す二人に、沈黙が訪れる。
「会えない訳じゃないんだ。ちょっと事情があって一緒にいれないんだ。ごめんごめん」
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