第27話 アマミーには勝てない

ウチの人生は、小さな失敗の積み重ねでダメになったの。

だから、どうしてこうなったのか分かんない。

友達との関係も、勉強も、恋愛も。


どこかでミスをして。

それが積み重なって。

気づいた時には、ウチじゃあ、どうしようもないくらいになってる。


分からない、分からないよ。


どうして、友達と上手くいかないの?

どうして、授業について行けないの?

どうして、どうしてウチを見てくれないの?

ウチの何がダメだったの?




「葵ってさー、……思ったこと言い過ぎだよねー?」

「うん、分かるわぁ。葵ってたまに変なこと言っちゃうしぃ」


「えっ? そう、かな?」


「うん、ケッコー頻繁に言ってるね」


ズキリ……。それは、ウチが1番気にしてること。

放課後、オレンジ色の教室。ウチらはいつも、4人で話す。

全員仲良しの友達。うん、友達……。


「ウチの悪い癖……。治さなきゃ……」


「あっ、ほらまたぁ!」

「独り言、出ちゃってるねー」


「えっ!? また言ってたの!?」


「アハハッ! 葵の心見え見えじゃん!」

「めちゃオモロ!」


──甲高い笑い声が、教室に響く。


……っ、嫌なこと、思い出しちゃった。


「忘れろ、忘れろ……」


あれはもう、ウチの記憶じゃない。

……それは流石に嘘だけど、あの時のウチと、今のウチは全然違う。


「枝豆と、大豆くらい」

「あの、なんかありました?」

「へっ? あっ……クレープ」


アマミーはもう、クレープを食べ終わっていた。

口の周りにクリームが付いてて、可愛い。

でもウチを見る目は真剣。いや、ウチじゃなくて村雨だね。今は。


「なんでもっ、ない……よ」


「んー?」ジトっとウチを見るアマミー。


「疑われてるから、言い訳。言い訳を考えないと……あっ、またっ」


ダメだ、すぐに出ちゃう。

こうやって意識してないと、ウチはまた嫌われる。


でも……意識してても……。




「葵って最近さー、なんか遠慮しすぎじゃない?」

「あっ! それ私も思ってたぁ!」


オレンジ色の教室。

あの日指摘されてから、1ヶ月くらい経ったと思う。

……今度は、遠慮しすぎって言われた。


「また、ダメ……なの?」


「いやぁ、ダメってゆーか、何というか……」

「葵がそんなだと、私らもちょーしが狂っちゃうわけ」


「えっ? えっ?」


「オブラートに包むとー、葵は遠慮しすぎて怖いのぉ」

「アハハッ! 包めてないし!」


また、甲高い笑い声が教室を蹂躙する。


何が、ダメ?

本物のウチじゃ、ダメ?

偽ってても、ダメ?

そしたら、もう、こう思うしかない。


「……もしかしてウチ、嫌われてるのかな?」


あっ、また言っちゃった。

みんながウチを見てる。あははっ、変な顔。

もう……いいや。


ウチは鞄を持って、走って教室を出た。

廊下も走って、息を切らして下駄箱に着いた。

靴の踵を踏んだまま、校門を抜ける。

冬の乾いた風が、ウチの頬を叩いた。


あれ以来、あの子達とは話さなかった。

中学校にもあまり行かないで、家で沢山勉強した。

お姉ちゃんが勉強を教えてくれた。

必死に努力して、あの子たちのいない学校、難しい学校に受かった。


でも、私は背伸びをしていた。

高校の授業は、ちんぷんかんだった。




「なーんか隠してますよね? て言うか、もう言っちゃいましたしね?」


クレープ屋の前、手頃なベンチ。

アマミーはずいっと顔を近づける。

うちは上目遣いで見つめる。

うー、近いぃぃ。


勘違いさせる距離感じゃん!


このヤリチン! 


そうだ! 


ウチ今、男の子だった!


「その、まぁ……」

「悩み事ですよね? あの、失敗がうんたらってヤツ」

「うん」コクリ、うなづく。


アマミーは座り直す。

近くにあった顔が離れて、心臓も静かになる。


「聞こえてましたよ。

 村雨さんの失敗って、やり直せないらしいじゃないですか」


なーんだ、クレープに夢中になってただけじゃないのか。


「ウチが呟いたこと、……聞いてたんだ」

「はい、聞こえてました。クレープだけじゃないんすよ、男は」


アマミーの自信が怖い。

怖くて怖くて仕方ない。


「アマミーはきっと、理由のある失敗しかしたことないんだ。

 ウチみたいに、理不尽に嫌われることなんか無かったんだ。

 ウチみたいに、背伸びしなくてもいい人生だったんだ」


天気は曇り、ウチの心と一緒。

湿った風も、蒸し暑さも。全部が不快。


「アマミーはいいなぁ、羨ましいなぁ。

 きっと、いい友達が沢山いるんだろうなぁ」


「……まぁ、友達には恵まれてたかもな?」


アマミーの声色が、黒く染まった。

ぜっったいウチを否定してくる。

そしたらどうしよう、ウチ、泣いちゃうかも。

想像するだけで、目尻に涙が溜まっちゃった。


「いや、断言できるな。俺は良い友達が沢山いる」


ほら、始まった。

綺麗事。自分の視界だけで、友達がどうとか言っちゃってる。


「アマミーは幸せ者だね。

 きっとこれからも、嫌な友達なんて作らないんだ」

「そうだな。

 俺は一生そんなヤツに出会わな──「だからっ! 言い切るなっ!」


痛い、喉が痛い。ジンジンと、余韻が広がる。

大声なんて、久しぶりに出した。

アマミーの口はポカンと、目はまん丸。


「ちょっと来い!」


周りの人の視線が気になって、アマミーの手を取る。

強引に引っ張る。思いの外、アマミーは軽かった。

うちは今男だ。だから、ウチの力に抵抗できていない。

そのままとりあえず、近くのラブホテルまで引っ張った。

入る直前、


「いや、俺たちじゃ誤解されるって……」


とアマミーが抵抗したけど関係ない。


「ウチはゲイじゃないから!」と言って黙らせた。


お金は大丈夫、今日のためにお姉ちゃんからカツアゲした。

乱暴に部屋のドアを開ける。部屋に入ってもイライラは収まらない。

アマミーをベッドに投げた。

そして、上に跨る。


「ちょっ! まずいって!」


アマミーはウチの下で暴れる。

でもここには、絶対的な力格差がある。

がっしり、両手を掴んで……


「うるさい黙れ」と、この一言で大人しくなった。


「いい? よく聞いて?

 アマミーの言ってることなんて、運がいい人間の自慢にしかならないよ」


「じまっ、自慢じゃねぇし……」


アマミーの言葉。歯切れが悪い。なーんか妙に緊張してる。

もしかして、村雨くんを意識してるんじゃ?

……それだとウチ、完全敗北なんですけど?


こほんっ、まぁいいや。今はそこじゃない。


「アマミーは自慢してる!

 『俺には、こんないい友達がいるんだぜー?』って、マウント取ってる」


言葉を聞いて、アマミーの表情が曇った。

多分怒ってる。なんか、ウチに怒ってる。

意外。この状況でも、反抗する意思があるんだ。


「なに? なんか言いたいの?」

「……自分の友達を蔑んで、被害妄想してるだけだろ?」

「は? 何言ってんの?」


意味わかんない。

ウチの経験が被害妄想?

アイツらを庇うってこと?

……やっぱり、アマミーはダメな子だね。


グッとアマミーに体重を預ける。

お腹の辺りに、硬いのが当たった。

……やっぱりゲイじゃん。まぁ、どーでもいいか、こんなヤツ。


「アマミーってさー、自分の世界が全部正しいと思ってない?

 そうじゃないから。ウチみたいに、友達に恵まれない子もいるから」

「……それはお互い様だろ?」

「なに? 屁理屈?

 今はアマミーの話してんだけど?」


ムカつく。自分のこと棚に上げて、涼しい顔して。

ウチが動くたび、お腹の硬いヤツがビクビクしてるくせに。


「屁理屈じゃなくて、みんなそうなんだって。

 みんな自分の世界が正しくて、それが当たり前になってんの」


アマミーは話し続ける。


「この際、それが良いとか、悪いとかはどーでもいい。

 俺が言いたいのはそこじゃなくて、『被害妄想』の部分。

 なんか、そこがお前の悪い所だなって思ったから」


やっぱり、ウチを否定する。

腹いせにグリッ、グリッと硬いヤツをお腹で撫で回す。

アマミーの発言が止まって、顔が真っ赤になる。


「否定するのは簡単だよねー?

 だって、『ダメ』とか『悪い』とか、理由がなくても言えちゃうもんね?

 でもさぁ、それじゃあ私、なーんも分かんないよ?

 ほら、何がダメなのか、自分の口で言ってみろっ!この変態っ!」


「……っ、だからぁ。

 自分で勝手に思ってるだけだろって。俺はそう思うわけっ、ぐっ……。

 お前どーせ、『友達からイジメられた』とか、一丁前に考えてんだろ?」


突如、ウチの天地が逆転する。


ぐるん、とさっ。


アマミーが上、ウチが下。

生意気なヤツ、弱いくせに。こんなの、こんなの一瞬で……。

あれっ? 動かない?

さっきとは真逆の状態になった。


「いいか海野、お前は友達に恵まれてなかったわけじゃない。

 お前が勝手に悪いように解釈してただけだ。

 お前を嫌いな奴は、お前の気になる所なんて指摘してくれないぞ?」


声が低い。男子の威圧感。

ずっしりと、ウチの腹の奥に響く。

あまみーの声とプレッシャーに、ビンタされてるみたい。


「何でそんなこと言えるわけ?

 第一、ウチの昔話なんてしたことないでしょ?」


「あん? さっきたっぷり話してただろ?

 クレープ屋の前で、海野葵が。お前自身が」


「なに? どういうこと? ウチは村雨くん。男の子……」


ふと、ベンチでの事を思い出した。

アマミーが顔を近づけて、ウチを見てきて……。


──ウチは、アマミーを、見上げてた。


「その時から……」


「クレープ食い終わったら、目の前に海野がいてビビった。

 でもまぁ何となく、そんなこったぁとは思ってたぜ?」


相変わらず、両手首を押さえつけられたまんま。


「でも、じゃあ、何でさっきまでウチが強かった──」

「なんか面白かったから、弱っちいフリしてた」

「……」


「よっしゃ、第二ラウンドな。続けようぜ?」

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