第25話 最後から2番目の愛
友達というのは、定義する必要のない関係だと思う。
だからこそ、家族、恋人、夫婦、などとは異なった、曖昧な関係でもある。
相手の顔を知らなくてもいい、名前を知らなくてもいい。
適当なコミュニケーションさえ可能であれば、動物でも友達になりうる。
それくらい曖昧だからこそ、人間関係は難しい。
さて、現代だったら更に、ネット上での交友も盛んになっている。
ネットの友達と現実で会う、なんてことも少なくないだろう。
今の状況が正にそうだ。
俺のネット友達が、目の前にいる。
少しだけ誤算だったのは、
聞いていた性別が違っていたことと……現実でも友達だったということだ。
まぁ、よくある話です。
「よう、村雨。初めまして、ってわけでもないな」
俺は平然を装っているが、内心では大はしゃぎ。
あの『村雨』が海野だったという事実、ここ数日で1番驚いた。
勉強机で、海野もはしゃいでいる。すると、椅子から転げ落ちた。
ドッテーン!
「ははっ、ノックしなかったのはごめん。……にしても驚きすぎだな」
「いやっ、は? オドっ、驚いてないしぃ?」
生まれたての子鹿みたいな海野は、立ち上がるにも難しい。
腰のあたりをさすっているので、椅子から落ちた時に痛んだのだろう。
俺は海野に近づいて手を差し伸べる。
「ほら、手、貸すよ」
「あっ、ありがと──」
あれ? 海野さん、結構重い?
グラリ、視界が回る。
天地が逆さになって、重力に沿って、俺の体は海野に吸い込まれる。
この瞬間は一瞬なのに、スローモーションみたいだった。
ムギュッ
柔らかいモノに当たって、落下は止まる。
こういう時の相場は胸だ。
で、俺はその後に『ヘンタイッ!』って叫ばれながら叩かれる。
かつてのアニメ知識、予習は完璧。心の準備をする──
カシャリ……
どこからともなくシャッター音。
ちょうど視界の端にあった窓に目を向ける。
窓から見える景色、その大部分を占めるのは……ペンギン!?
目を擦る、パチパチと瞬きをする。
いや、ペンギンだ。何度見てもペンギンだ。
戦場カメラマン風のペンギンだ。
肩からカメラを掛けて、レンズをこちらに向けている。
「やっば、ウチらペンギンに見つかってんじゃん。
しゃーない……踊るしかないね」
「は? ペンギンに見つかったら踊る意味がわからん」
「なに言ってんのアマミーは?
ペンギンに見つかったら踊るなんて、ここじゃあ常識だよー?」
「いや? えっ? 村雨についての話は?
ここ、結構重要なトコだと思うんだけど?」
そう言っても海野は聞かない。
俺を跳ね除けて、クローゼットからサンバの衣装を取り出す。
ゴージャス、たったその一言に尽きる。
「ほら! 今夜は寝かせないよーっ!」
海野はいつの間にか着替えている。
露出度が高めな服、眼福、だけども状況は未だ不明。
気づいたらペンギンが部屋の中にもいる。
勉強机の上、ベッドの上、エアコンにぶら下がったり。
「アマミーも踊ろうよ!」
服が差し出される。
サンバの衣装、一生着たくない装飾が施されている。
「俺は踊りたく──やめろっ! はなせっ!」
ペンギン共に腕を掴まれる。
俺はすぐに振り払って、海野の部屋のドアに向かって走る。
が、うまく走れない。すぐに追いつかれる。
「やめろっ! 俺はそんなの着ないぞ! あっ、いやあっ……」
ペンギン共は群がって、俺の服を次々と脱がす。
瞬く間にパンツ一丁に、そして、サンバ衣装を持ったペンギンが近づいてくる。
「それだけは……、何でもするっ! それだけはっ!」
イヤァーーー!!
ァァァー……
「サンバ、やだ、踊りたくな……はっ!」
目を覚ます、と、同時にソファから転げ落ちる。
ズッテーン!
「あっ、優くん起きましたー!」
どうやら俺は、海野の家のソファで寝ていたらしい。
涼音の声が聞こえ、視界には涼音の足が映っている。
……いつから?
寿命の感覚はかなりある。1ヶ月を裕に超えて、1年分ほど。
なるほど、分からん。
「なぁ、涼音、四葉の足は動いてるか?」
「なーに? 動いてるに決まってんじゃん」
「ほら」と涼音が指差す場所を見上げる。
確かに、四葉が食器を持ってテーブルとキッチンを行き来していた。
すると、俺の足が?
「よっと、……そうでもないか」
「ちょいちょい優くん、独り言は中学2年生までだよ? 厨二病も大概にねー」
涼音は手をヒラヒラと振って、食卓につく。
なんか不本意な勘違いをされた。
が、今はグッと堪えて雫さんを見つめる、足の状態を確認、問題ない。
おい、堕天使。
今度は何を代償にした?
………………
返事がない、ただの屍のようだ。
なぁ、そういうのいいから、さっさと答えて欲しいんですけど?
………………
またもや返事がない。
出しゃばってくるのもウザいけど、シカトされるのも頭にくる。
天界に帰ったか? それとも死んだか?
どちらにせよ応答くらいしてほしい。
………………
分かった、俺が悪かった。
お前は天使だし、可愛いし、アドバイスも的確で助かったよ。
な? これで機嫌直してくれよ。
………………
堕天使?
お前まさか、
自分を犠牲にして、カッコつけてんじゃねぇだろな?
相変わらず、返答はなかった。
ヒラリ、ヒラリ。
しかし、何かが、何処からともなく降ってくる。写真だった。
表面には、買い物を楽しんでいる涼音、四葉、雫さんの姿が撮られている。
ふと、白紙のはずの裏面も見てみた。
『健気に、必死に生きる雨宮優へ。
ずっと前から、大好きでした。
それと、最後のわがまま。
皆んなを幸せにしてね、お願いします。
あなたの友達より』
丁寧な字だったけど、最後の方は崩れている。
誰からのメッセージかは、考えなくとも分かる。
「……友達」
ほんの、ちょっぴり、少しだけ、涙を流した。
ポタ、ポタ、頬を伝って、涙は床に落ちる。
いくら拭っても溢れ出てくる。
名も知らぬ堕天使。
思い出せば出すほど虚しい気持ちになる。
どうして俺は、失ってから気づいたんだ。
どうしてアイツは、前から気づいていたんだ。
いや、もしかしたら、俺が異常に気付かなかっただけなのかもしれない。
アイツにとっては案外、普通なことだった可能性もある。
ありがとう、友よ。
「晩御飯、食べて帰るよねー?」
雫さんがキッチンから顔を覗かせる。揚げ物の音がしている。
どうやら、俺に向かって聞いているようだ。
視線でわかった。
「……はい」
こくり、うなづいて、食卓に座る。
友達が2人、すでに食事を待っていた。
「今日は唐揚げだってー」
隣に座っているのは涼音。小皿を全員の前に置いている。
「私が味付けした。から、不味かったらごめんね」
「んー、まずい唐揚げも、それはそれで面白いな」
俺の対面で肩を窄める四葉。
雰囲気はクール系、やはり相変わらず。
中身が逆転していても違和感がない。
ありがとう友よ、2人のもやもやを晴らしてくれて。
お陰で、友達が2人できた。
しばらくして、雫さんが大皿に乗った唐揚げを運んでくる。
そのちょうどくらい、海野が帰宅。
村雨の件は、そこで夢であったと確定した。
「アマミーじゃん、元気してたー?」と、笑顔で聞いてきた。
そんなこんなで食事を終えて、片付けて。
帰るにも気力が湧かなくて、結局、海野の家で一泊することとなった。
それでいい。そんな日常。
俺はみんなの反対を押し切って、ソファで眠りにつく。
俺、これから自分を隠さずに生きたい。
だから俺アレルギーのこと、どうにかしないとな。
──キミならできるよ。絶対、どうにかできる。
そうか?
そう言われると、なんかやる気出てきたな。
──うん、その調子。頑張って!
ははっ、お前……実は生きてんだろ?
なんか感動的な雰囲気で終わらそうとしたろ?
分かってんだよ、お前のあっさい魂胆は。
………………
おい、もう遅いって。
今更シカトしても、一回会話しちゃってるからな。
お前、欲張ったなぁ、
最後の、『キミならできるよ。絶対、どうにかできる』
までだったら俺も気づかなかったのに。
──でもキミも、
『ありがとう、友よ』とか言ってカッコつけてたよね?
つけてねぇ。
断じてつけてねぇ。
あれは感謝してたんだよ、……お前に。
──ぷっ、男のツンデレは需要ないからね
あーあ、マジで死んでて欲しかったー!
てか、お前が生きてんなら、何を代償にしたんだよ?
──あー、それねー。聞かない方がいいかもよ?
いや、ホントに何を代償にしやがった?
あれか? 俺の臓器とか?
──ぷっ、違う違う。あれだよ、キミが大事にしてた……
ゴクリ、大事にしてた?
──エロ本コレクション。あれ、全部代償にしたら、四葉ちゃんの足治せた!
あーあ、マジで死んでて欲しかったー!
俺の臓器よりもエロ本ですか!
天界はむっつりなんすね!
──まぁまぁ、これで私とも友達なんだから良かったでしょ?
よくねぇな。お前よりエロ本だな。
よし、もう寝る!
はい、今日はおしまい!
──えっ!? 私よりも……
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