第24話 事実は小説よりも美しい

四葉はソファから立ち上がる。

目を疑った。俺が寝ぼけてるのか?


それとも、本当に──


「一番落ち着く、この体。……えへへ、足も動く」


正真正銘の、リビングを歩き回る四葉。

中身が変わっただけなのに、別人のようだった。


「どう思う?」


机に頬杖をついて雫さんは聞く。


「まだ分かりません」


そう、まだ分からない。

問題は涼音の足が動くのか否か。

正直なところ、下半身の麻痺は移っていると思う。

そうでなくちゃ、因果が回らないから。


何事も、無条件でプラスにはならない。


「まだ……ってことはないかもよ?」


雫さんはソファを指差す。

視線を向けると、涼音も目を覚ましていた。

ボロボロと涙を流して、「優くん……」とだけ呟く。

悲しさと嬉しさが半々にブレンドされたその表情。


「足、動いてる。でももう、私、幼馴染じゃない」


俺はゆっくり、自分の足を見る。

つねる、叩く、……痛い。

立ち上がろうと力を込める。

できる。立ち上がれる。


なぜ?


この状況でするべき反応ではないのかもしれない。

がしかし、俺は尋常じゃないくらいには恐怖を抱いている。


いったい、何を代償にした?


「雫さん、足、動きますか?」

「……動くよ」


雫さんは立ち上がる。

その時の反動で、大きな胸が揺れた。


「これは緊急事態だな」

「失ったものが分からないと、喜ぶにも喜べないね」


この状況を理解しているのは、雫さんと俺だけか。


「優くん……私のこと、捨てないでね?」


涼音は俺の隣に座って、すがるように言う。

見た目は涼音、中身は前の四葉……ややこしい。

だけどもやはり、安心するのはコイツだ。


「捨てないから、大丈夫だって」

「……ほんと?」

「ホントだから、もう泣くなって」


机の上に置いてあったティッシュで、涼音の涙を拭く。

完全に妹だ。だから多分、コイツに欲情することは一生ない。


「──キミ、聞こえてる!?」


あー、誰かと思えば堕天使さん。

そういえば、この人から寿命貰わねえとダメなんだった。

忘れてた。


「──聞こえてるね? よし、それじゃあ……

良いニュースと悪いニュース、どっちから先に聞きたい!?」


突然やってきて、でしゃばって。

悪いニュースなんて聞きたくないんですけどね。


「──おっけー! なら、良いニュースから!

……四葉ちゃんの足、私が天使パワーで治しちゃいましたー!」


うん、最高。

この人やっぱり天使だわ。

前になんか言ってた、天使パワーというヤツも凄い。

治らない疾患まで治せちゃうのかよ。


「──で、悪いニュース! なんと、今回!

四葉ちゃんの足を治した影響でー!

……キミに寿命を渡せません!」


「堕天使が、だから天界から堕とされたんだよ」


でも何というか、悪い結果ではないような?

あれ? 俺って死ぬ?


「……優くん、どうかした?」

「ん? あぁ、何でもない」


少し、背中に緊張感が伝う。

天使パワーって、どうしたら稼げるんだ?


「──多分、ポイントカードのシステムと一緒だよ。

なんか知らないけど溜まってる」


なるほど、だったらこの人最初から──


「──はい! 天使パワーは四葉ちゃんの足に使う気でしたー!」


ははっ、潔ければ許されるわけじゃないぞ。

俺を騙して、動かして、用済みになったんで死んでくださいってか?


「──まぁでも、添い寝したら寿命は増えるし。エッチしたらその100倍は増えるし……」


ならアンタが相手になれよ。

ほら、降りてこい堕天使。




「雫さーん、優くん動かなくなっちゃったー!」

「あー、あれはそうだね。適当にほっとけばいいよ」

「なら私、買い物行きたいですっ」

「おおーっ、それ私も思ってたー」

「えへへ」


おら堕天使、サッサと降りてこい。

んで股開けろ。

話はそれからだ。


「じゃあ優くん、お留守番よろしくー!」

「えへへ、皆んなで買い物……」

「四葉ちゃんは何買うのー?」


ガサゴソ、ガチャリ。

俺を置いてゆく音がした。

シンと静まり返るリビング。脳内はそうでもなかった。


「──天使と交わろうなんて100年早い!」


うるせえなぁ、こちとら命がかかってんだよ。

テメェのくだらねえ貞操と、罪のない高校生の命。

どっちが大切かなんて一目瞭然だろうが。


「──ぐぬぬ……。この、童貞のくせに!」


ヒュイーン! すたっ。


突然ポータルが出現したと思ったら、堕天使が出てきた。

服装はどちらかというと西洋の神に寄っている。

胸は大きい、服とも言えない布から、こぼれてしまいそうだ。

結構どうでもいい話だが、この堕天使は可愛い。


「やっとヤル気になりましたか?」

「ふんっ、どうせ手を出す勇気もないんでしょ?

ほら、私は逃げも隠れもしないからね」


堕天使は手を広げて、俺の方に一歩近寄る。


「ひとつ、俺は童貞じゃない」

「あーそうか、童貞卒業してたっけ?」

「……こほんっ、そしてもうひとつ、俺はヤると言ったらヤる男だ」


俺は一歩、堕天使に踏み出す。

ずいっと距離が縮まって、堕天使の息が聞こえる。

はあっ、はあっ、と緊張によって乱れつつある。


「そう言ってヤれない男を、天界から何人見たことか……」


その言葉とは反対に、堕天使は一歩下がった。

足は震えている。目も泳いでいる。

今更怖気付いても、助けなんてこないのに。


「一回ヤッたら、どれくらい寿命が伸びるんだ?」


ジリジリ、壁際にネズミを追い詰める。


「だいたい、一回で一ヵ月分くらいかな?」

「いや、どうしてそんなことが分かるんだ? 根拠は?」


堕天使は黙り込む。

たっぷり10秒ほど置いて、言いづらそうに口を開いた。


「その、キミが寝てる間に、ね?」

「……寝てる間に?」

「だから、寝てる間に、これを」


スコスコ……。

堕天使は例のジェスチャーをして示した。


いちど、深呼吸。

つまり、俺の周りの連中に睡眠姦魔がいる。

どうやら俺の息子は、知らないところで経験豊富らしい。


「だから俺、ここまで生きてたの?」

「そうだね。ヤられてなかったら、もっと早く死んでたかも」


すっげー複雑な気持ち。

命の恩人と自分を狙う変態が同一人物って、中々ない話だ。

事実は小説よりも奇なり、正にその言葉のまんま。


「まぁでも、それとこれとは別だな。おら、股開けろ」

「……ですよねー」


がっしりと堕天使の両手を掴む。

壁に追いやって、逃げ場をなくす。


(この後は、ご想像にお任せします。

ヤッたか、ヤッてないか。

描写してしまうとアカンのです)


────────


……ふぅ、これで寿命が一カ月分増えた。

人様の家でするのはどうかと思ったが、それに関しては問題なかった。


堕天使がポータルを使って逃げようとしたので、俺はポータル内に侵入。

ポータルを抜けた先には堕天使とベッドしかない簡素な部屋。

無料のホテルがあったので、その後は赴くまま。

鳴く子も黙る、いや、謝るくらいシた。


「ふわぁ、眠たっ……」


海野の家、イン、リビング。

賢者になって、そしたら眠くなるのが男の性分。

今はちょうど3人とも居ないし、ベッドを借りよう。

思い立ったらすぐ行動。


「……まぁ、海野のベッドでいいか」


どうせ20分くらいしか寝ないし、海野の部屋しか知らないし。

そうポツポツと考えつつ階段を登って、海野の部屋の前に立つ。

いまさら思ったけど、海野がいたらどうしよう。


「まぁ、いるわけないんだけど──」


カチャ


ゆっくりとドアノブを捻る。

ドアは抵抗なく開いて、部屋の中を見せてくれる。


カタカタカタ……


「なにー? お姉ちゃん、ノックくらいして……は? えっ?」


ヘッドホンを外して、海野は振り向く。

彼女ごしに見えた画面、俺もやっているゲーム。

海野は急いで画面を隠すが、もう遅い。

表示されているアバター、それはまさしく。


「よう、村雨。初めまして、ってわけでもないな」


海野葵、村雨、関連性はない。

けど、現実は変わらない。


やはり、事実は小説よりも美しい。

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