第19話 他の誰でもない

さて、やはり今日もどエロい絵がここにあるわけだが……。

問題はどうやって氷の魔女を呼び出すかということ。

作品のレビューを続けているだけでは、一向に話せる機会はこない。


「にしても、今日のはすごいなぁ……」


ふうぅーと吐き出す感嘆符。握るシャーペンに力が篭る。

いつもの絵の質感とはリアリティが違う。

胸の膨らみ、太ももの柔らかさ、美しい足の爪と、恥じらいを持った表情。

体育座りをしている少女の絵だった。


「……」


いつも以上に気合が入っていることが悠々と伝わる。

今日は閉館日、俺にしか見つからない故の挑戦か?

それはそれで、なかなか、心躍るモノがございます。


──キュルキュル……


静寂をぶった斬る、車椅子の音。

誰が来ているのかは一発で分かった。

まだ遠くで聞こえる。息を潜めてさえいれば、見つかることなどない。


「……くーん、優くーん。私にナイショで隠れんぼー?」


とてつもないスピードで、着実に向かってきている。

ここは一本道。隠れる場所はない。


シャーペンをパレットの横に置く。

ごめん、今日は評価シート書けそうにない。


ちなみに、隠し事がバレれば俺アレルギーが発動する。

それはこれまでの経験から得た確信。

ガスマスクの2人を殺した質問が最も分かりやすい一例だと思う。


『あなたの好きな人は誰ですか?』


今の俺なら、『誰でもない』と答えられる。

そう、隠す必要がなければ、死人が出ることもなくなる。


人を愛せば爆弾を抱えることになる。


嘘もつきたくない、人も愛したくない。

もういっそ、極限まで他人にキョーミを抱かぬよう生きるしかない。

この気持ち、四葉、お前には分かるまい。


「あははっ! みーつけたっ!」

「……奇遇だな」


四葉の瞳、未だ感情読み取れず。

瞳の中にハイライトあらず、かつての木之下四葉である。

全てを拒絶し、俺にしか会話を許さない四葉です。


「エッチな絵……いっっつもここに来て見てたんだー?」

「作品制作の手伝いをしてただけだ。別にそれ以上のことは──」

「別に、おこってないよー?」


狭い、狭い一本道。

車椅子の横を通り抜けるなんて、できない。

四葉は虚な瞳を揺るがして、ゆっくりと近づいてくる。


「優くんはさ、私にしたこと自覚してないよね。だからいっつもあやふやな態度で、それでいいと思ってる」

「お前にしたことなんて、俺は知らねえよ」


車椅子は止まる。壁際、押し込まれた。

壁に沿うような形で背筋が固定される。

ただ、四葉はこれ以上の行動は起こせない。

たったそれだけ、確信できた。


「知らない? 思い出せない? またそうやって言い訳するの?」

「言い訳なんてしてねぇ。本当のことだ」

「……なら、思い出させてあげる」


パチンッ、四葉は指を鳴らす。

パチンッ、図書室の照明が消える。


バチチチチッ!


青い光が俺の体に触れる。

流れる激痛、なにがなにやら……。


「よつ……ば、なにやって……」

「私、ひとつだけ、優くんに隠してたことがあるの」


遠のく意識、うすら笑みを浮かべる四葉。

その奥に、ポツンと人影。


「おおー、木之下。いい作戦だったなぁ」

「当然ですよ雫先輩。私がずっっっと前から準備してた作戦なんですから」

「……同じ女でもちょっと引くわー」

「なんでですか?」


ふふっ、雫先輩は分かってないですね?


愛してるからこそ、彼の周りを消すんですよ。


私以外、愛せなくなるように。


────────


「……あれ?」


いつも通り評価シートを受け取ろうとしたけど、白紙だった。

そばには彼のシャーペン、端に寄せられた私の絵。


今回のは自信作だったから、いい感想を貰えると期待してたのに。

まさかいい感想どころか、感想すら貰えないなんて……。


とりあえず、本棚に隠しておいた盗聴器とカメラを取り出す。

もしかしたら彼、賢者タイムで感想どころじゃなかったのかも。

なんて極小の期待と興奮を胸に、カメラを再生する。


「……なにこれ? 誘拐?」


私の彼は、車椅子の女の子に気絶させられていた。

そして、後ろから背の高い女が出てきて彼を担いでゆく。

暗視のカメラを買っておいてよかった。

かろうじて2人の顔は確認できた。


「木之下四葉、と……知らない人。この学校の生徒ではなさそう?」


何度か映像を巻き戻して、女の顔を見る。顔は私の知らない人だった。

盗聴器を聞く。私の知っている声だった。


「この人が海野雫……。たしかに、雨宮くんが好きそうな顔とおっぱい」


でも、将来なんてわからないからね。

私が、雨宮涼音になるからね。


子供の名前は、男の子なら優斗、女の子なら三葉。

ふふっ、私たちの名前からつけたいなぁ……。


おおっと、いけないいけない。

今は雨宮くんを助けるために情報収集しないと。

そうと決まればお家へレッツゴーなのです!


「あっ、忘れるところだった」


雨宮くんのシャーペンを手に取って、ジップロックの中へ。

空気を抜いて密閉し、カバンの中へ。

本日のオカズを手に入れた。


────────


「ただいま……て言っても、誰も居ないね」


手を洗う、部屋の電気をつける。

リビングを少し片付けて、ノートパソコンを開く。


カタカタカタカタ………


雨宮くんデータベースに、今日の出来事をまとめ上げる。

出来るだけ端的に、だけど詳細に。


「……ふぅ、終わった」


時計を見る午前03:17


立ち上がって、タンスの1番上を開く。

中には大量の写真。その中から、知らない女が写っているものをピックアップ。

机の上に広げる。


「これは違う、これも、これも……。この子は……似てるけど、ちょっと背が低いかな?」


焦って見落とさぬよう。


今こうしてる間にも、雨宮くんが乱暴されているかもしれない。

あの薄汚い娘達のいやらしい瞳、雨宮くんを捕食対象として見ていた。


でも、むしろこれはチャンス。

私が華麗に彼を助けることができれば、一気に距離は縮まる。

そして、溜め込んだ『雨宮力』で彼と話を合わせる。

2人の距離はさらに……。


「俺はお前のことが好きなんだ。付き合ってくれ!」

「うん、私も大好き!」


ってな感じゴールイン。


最強カップル、爆誕!


「ふへへ、かんっぺきな作戦……。我ながら天才ではー?」


これも……、これも……、この子はおっぱい大きいけど違う。


「あった!」


見つけた、海野雫。

暗闇で分からなかった髪色は金。

映像と照らし合わせても一致している。


先ほどから盗聴した会話の限り、彼女は政府側の人間らしい。

それならあとはー、相棒に電話してー。


ピッ、トゥルルル……


「へい、どうしたのー?」

「あっもしもしー? 雨宮くん関連で調べて欲しいことがひとつあるのー」

「オッケー、で、誰のこと?」

「海野雫って人。政府側の人間らしいんだけど、イブは知ってる?」

「コッチの組織じゃあ聞かないなぁ……。その人のこと調べたらいいの?」

「うん、今の居場所も特定してくれると助かる……盗聴だけだとイマイチわかんなくてさー」


「おっけい」と言ってイブが電話を切った。

しん、と部屋が静まり返る。


雨宮くんのアレルギーはたしかに強力だ。

知った情報が深ければ深いほど、死に至る可能性は高い。

だが、それは彼自身の口から聞いた場合。

私みたいに裏でカタカタやっている人間には無関係なお話。


盗聴器、彼の部屋にある隠しカメラ、彼の家の合鍵。

あの日、事故に遭ってから集め始めた、雨宮くんの名残り。

早く、早く気づいて。


──ピロン


「はっや……」


イブからのメール。

そこには海野の現在地が地図上に表示されていた。


『安川刑務所跡地』


かつては稼働していた刑務所。

跡地とは言っても建物だけは残っている。

家からはそう遠くない。歩いて数十分、雨宮くんのためなら一瞬だ。


さぁ、私の人生を返して?


足が動かなくなってもいい。

ただ、雨宮くんの側で笑っていたい。


早く見つけて。


私こそが本物。


私は四葉のクローバー。


アイツは氷の魔女。


あの日の事故から入れ替わったまんま。


だから早く、私の体を返してもらおう。

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