第18話 責任は重い

むふふ……


なんていい日だ。

まさか俺に告白をしてくる女子が現れるなんて。

それも四天王の1人、氷の魔女からの告白……。


いやぁ、困ってしまうなぁ。

俺のことが好きなら、俺アレルギーが反応しないらしいんでね。

この調子でリア充ライフへと踏み出しましょうか。

さぁ、戦いは放課後だ。



──そんな雨宮に、邪念を送っている女子高生がいたそうな。


「……ぐぬぬ。アマミーが嬉しそうにしている」


葵は雨宮の席とは反対側の席。

1番後ろという点では同じだけれども、離れていることには離れている。

そんな彼女、今日の1限からこの調子で念を送り続けているため、一切授業など聞いていない。


一限


「ぐぬぬ……」


二限


「ぐぬぬ……」


三限


「……zzz」


四限


「……zzz」


五限


「……ウチは可愛い。……ウチは捨てられない。……アマミーは戻ってくる」


六限


「すき、きらい、すき、きらい……すき。……よし」


放課後


「zzz……。あれ? もう授業終わってる?」


ひとっこ1人いない教室を見渡す葵。

目尻には、ほんの少し涙が溜まっていて、あくびをすると流れてゆく。

日は傾いており、教室の奥までオレンジ色が満ちていた。


「帰っちゃったか……」


黄昏時、焦燥に耽る。

遠くで野球部の声、どこかで吹奏楽部の演奏。

葵はなんだか、世界に取り残された気がしている。


カバンからスマホを取り出す。

ラーインのトーク画面、彼からの連絡はない。

ほんの少しの期待もなくして、痛みを噛み締める。


「雨宮、雨宮……アマミー。ゲーム、楽しかったよ?」


消えゆく、消えゆく。

もし、自分が最初に嘘をつかなかったら?

あの時打ち込んだ文字が、『同い年の女子高生』だったら?


「やだなぁ。こうやってウチは後悔するんだねー」


────────


図書館に向かう足取り、よし。

普通、普通。別に浮き足立ってないし、冷静沈着な男の子だし。


図書室の入り口が遠目に見える。

重厚な木製の扉の前に、『休館日』と書かれた看板も見える。

薄暗い廊下に、淡い夕陽が差し込んでいた。看板も照らしている。


近づく、近づく、そして、扉を開く。

重っ苦しい扉が喘ぎ開くと、図書室特有の香りがした。

埃被ったような、閉塞的な香りだ。


「……?」


広がる本の棚、鎮座する机達。

そんな空間は、人なんていないように感じた。

当然、誰もいないのだが、人がいたという痕跡もないように思える。


氷の魔女は、こんなところに俺を呼び出した。

少し、寒気がした。


「誰かいますかー?」


シーン、返答はない。

本棚を見て回るが誰もいない。

彼女はまだきていないのだろうか、なら、なぜ図書館の鍵が開いているのか。


そんな矛盾した仮説と現実を抱えながら探索していると、ついにそれらしき物を見つけた。


「……どエロい絵?」


図書室の奥、きょーみない歴史書が並ぶ地帯。

そのさらに奥張った通路に、どエロい絵が置かれていた。

画家が書いたまま放置したのか、パレットが床に置いてある。


「結構、現代的だな……。なんかのアニメキャラか?」


なんかのアニメキャラみたいなヌード絵。

タッチは現代的で、しかし使用している絵の具は古典的?な感じ。

場違いであることはたしか。


「……?」


さらにもうひとつ発見。

パレットの下に、紙が挟まっていた。

恐る恐る手にとって開く。


『貴方へ


 明日も来て? 


 涼音より』


涼音(すずね)、氷の魔女の本名。

苗字は知らん、だって名前しか聞かんから。

貴方ってのが俺だとして、何の目的がある?


「……新手の露出狂か?」


エッチな絵を異性に見せて、その反応を楽しむのなんて。

春は終わったってのに、まだそんな変態がいたとは……。

全く、世界は広いなぁ。


もう一度絵を見る。

むくり、と立ち上がるモノはない。

一言で表すとするならば、抜けない。


「なーんかエロくねぇな」


そう呟いて、パレットに目を落とす。

すると、紙がもう一枚下に挟まっていたことに気がつく。

手に取るとそれは評価シートであることがわかった。


なるほど、これに不満点をお書きくださいとな?

このクリエイターは中々に上昇思考なようで。


では遠慮なく……。


『涼音さん、あなたの絵は素晴らしい。

特に構図のインパクトは絶大で、初見のエロさは満点だ。

が、しかしながら、細部の人体構造が"萎え"に繋がってしまっている。

各パーツの連結部をもう少し自然にしていただきたい。

そうすれば、作品の質感がよりリアルになると思う。 アダムより』


「ふぅ、こんくらいか……」


シャーペンを置く。

一度文章を見直して、不備がないことを確認。

そして評価シート最下部にある⭐︎の所を3つ黒く塗りつぶした。


……で、告白は?


ねぇの?


まさかこれのために呼ばれたかんじ?


──落胆、ぬか喜び、上げて落とすタイプの不運。


「別にいいけどさ、意味深なことしないでくんね?」


図書室だから、誰にも届かない嘆きです。

今日のところはこのくらい。肩を落として帰りましょう。

勝手に期待してた俺も悪いしな……。自意識過剰はモテねえよ。


「帰ろ……」


────────



──今日は良い出来栄えだな



──今日はいつもとテイストが違うな



──おおぉ、これはこれは……ふぅ


それから、毎日放課後に図書室によるという習慣ができた。

評価シートも書き慣れてきて、星5つの日もあった。


時には海野をほんのり騙して、時には四葉を図書室の入り口で待たせて。

そんな日々は、裕に1週間を超えました。


ええ、1ヶ月くらいの月日が経ちました。


当然、俺の頭に部活のことなんて微塵も、これっぽっちもないです。

だからでしょうね。



図書室から出てきたところ、なぜか取り押さえられました。


「いっってぇ! なんですか!?」


黒服を着た男達に取り囲まれる。

全員サングラスをしていてキミが悪い。

その中の1人、年長者でリーダー格の黒服が俺の前に立つ。


「お嬢様がお呼びだ。手荒な真似はしたくない、大人しくついてきたまえ」

「……うす」


覇気というものがある。

圧倒的な力に、両手の力を抜いた。

目があった瞬間に思う、無理だという感覚。

それに従ったまでだ。


学校の階段を登る。

向かっていった先は俺の教室。

つい数分前に出てきたばかりの教室。

俺の席に黒咲が座っている。俺達に気づくと手招きをした。


「謝罪は?」

「誠にすみませんでした」

「違うわ、謝罪をする時には、どんな気持ちがふさわしいかしら?」


黒咲は横を向いてトントンと机を叩く。机の上には書類、大きな金額が記されている。

傾いた太陽、オレンジ色の床、覚悟を決めた。

なにをするか、金を払うしか……


「ま、誠に、すみませんでした……」

「別に、怒ってないわ」


と、言いながらもトントンと書類をつつく。


「アンタ、氷の魔女に絡まれてるらしいわね?」

「まぁ、絡まれてるな。でもまだ面識はない」

「……へぇ?」


黒咲は目を細めて、スッと眼鏡をとった。

俺の瞳を覗く。黒咲の瞳は美しい、食べてしまいたいほどに。


「氷の魔女を、最後の部員にするわ」

「アニメ部の?」

「そう、彼女が入部して、それでアニメ部が結成するの。アンタにもいい話だと思うわよ」

「……?」


黒咲はふふっと笑う。

俺の反応が正しい反応であるし、別におかしなことでもないのに。

そして、「だって」と黒咲は続けた。


「あなたは初めから、新たな部員を探してたことになるのよ。

それが少し手間取っただけ。

別に1週間が過ぎても、怠けていたわけじゃない」

「そうか。ってことは、1週間を過ぎても、金を支払わなくてもいいのか?」

「……彼女を我が部に引き入れれば、ね?」


氷の魔女を口説いて、アニメ部に入部させる。

もし出来なかったら借金1,000万円。

ゾッとするほどの大きな仕事。失敗など許されない。


「部員の件、引き続きアンタにお願いするわ」

「了解……」


黒咲は書類をカバンにしまう。

あんな紙切れに俺の人生が乗っているとは、世間とやらは本当に恐ろしい。


氷の魔女を勧誘する。

できなければ死ぬしかあるまい。


俺の人生は、崖っぷちの窮地に達していた。

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