第17話 好かれてるみたい

お見合い……ではなくアニメ鑑賞会か。

黒咲家になぜかあるシアタールーム。

そこは黒咲明日香の自室にひっそりと作られた、限られた人間しか知らない部屋らしい。


俺含む5人はこの部屋に入って既に、アニメを1クール分見終わっている。

黒咲は、「アンタら何部に入ったと思ってるの!? アニメ部でしょ!?」

などと半狂乱になりながらもラブコメを勧めてきた。


アニメ部に入った覚えは全くないんですけどね。


「ふぅ、まぁこれでも布教はできたほうね。時間があったら全部見せたいけど……今日はこれくらいにしといてあげる」

「があっ、疲れたー」


部屋の明かりがついた。

小さなシアタールームには、ソファが1つと椅子。

あとは投影する機器だけの簡素な造りだった。

周りを見ると、全員が疲れ切っている。

未だにピンピンしてるのは黒咲ただ1人、恐ろしやー。


「でも面白かったでしょ?」

「……まぁ、面白かった」

「そう? やっぱりそう? この私が面白いって言ったものに、ハズレなんてないの!」


黒咲はグイッと俺の方に顔を近づける。

着物の隙間から、小さなお胸が見えるか、見えないか、そんなくらいの距離感だった。

ちょこっとエッチなハプニング。


「最後の方ドッキドキだったよ! 家帰ったら続きみるねー」

「いい心がけよ! その調子でアニメ沼にハマってしまいなさい!」


ソファの両隣に四葉と海野。俺の正面に黒咲。

伊賀くんは椅子にポツンと座って、1人大号泣していた。


「なんて、ええ話や。黒咲さん!ボクの人生観がガラッと変わってしもたよ!」

「あははっ! 伊賀くん泣きすぎー! 写真撮っちゃお!」


大粒の涙をボロボロと落とす伊賀。

……洗脳か?


その手前、黒咲がせっせとちゃぶ台を準備している。

おままごとは……する歳じゃないですよね。


バンッ!


黒咲、机を叩く。

そして、言い放つ、突拍子もない提案。


「我が高校に、アニメ部を創設するわ!!」


おーう、だーれも反応しなーい。

彼女の大きな第一歩は、とてつもなく険しいものでありますように。

できれば、俺を巻き込まないでいただけると嬉しい。


「部の創設基準は、部員5名と顧問1名……。そして! 今ここにいるメンバーの人数がちょうど5人!」


おててをぱあっと広げる黒咲。

こう見ると、幼い容姿が可愛らしい。

しかし、この空間に、もう1人手をパァッと広げる者がいた。


「あのー、すみません。ボク皆さんと学校違うので、普通に無理ですねー」

「……ちょうど4人! あと1人は適当に見つける!」


黒咲は親指を曲げて妥協した。

未だに胸を張っている。小さな、小さな胸を張っている。


それと同時に、チャンスだと思った。

これはつまり、途中抜けが許されるということ。

では、俺も遠慮なく手を上げさせていただこう。


「ごめん、俺も帰宅部だから無理──」

「テメェはダメだ」

「ええっ? いやいや、伊賀がいいんなら俺だって──」

「お前が私の慰謝料を払うなら別だけど……1000万よ? そんなお金、ないでしょう?」


銃口が、こちらに突きつけられました。

無理です、1000万ないです。払えるわけないです。

初めからこういう作戦だったのか?


「……はい、入部します」

「よろしい!」


黒咲、ニッコリと天使の笑顔。

アイドルだったてんのは伊達じゃなく、こういうところは可愛い。

……が、俺からするとそれすら恐怖の対象になっちゃうんだな、これが。


「アマミーが入るならウチも入る!」

「わわっ! 私も入る!」


とまぁ、呑気な2人がメンバーに加わった。これで4人。

たしかに、あと1人くらいなら学校で調達できそうだ。

ルシファーとかルシファーとか……そんなアニオタ。


「これで4人ね! じゃあ、顧問は私が探しとくから、部員はお前が探しといて?」

「え? 俺?」

「期限は1週間ね?もし過ぎたら1日ごとに10,000円払いなさい」

「まぁ、1週間くらいなら……」


ルシファーもいるし、別に大したことでもないだろ?

アイツを誘って部員増やして、適当に部活行って卒業。

アニメは嫌いじゃない。なら、悪い話じゃない。


今日は日曜。

明日にでも聞いてみるか……。

少しだけ、月曜日が早くきて欲しいと思っていた。


────────


四葉の車椅子を引いて、いつも通りの通学路を歩いた。

道中では春の空気が消え失せ、梅雨の湿ったい雰囲気を醸し出す。

紫陽花も、もうすぐ咲く頃だろうな。


靴を履き替え、エレベーターに乗って3階へ。

新学年にもちょっと慣れて、四葉を教室へ送り届けてから俺の教室へ。

最短距離を描くことにした。


「アマミーおっはー!」


後ろから突撃、海野の香りと巨乳。


「……おはよ。朝っぱら元気いいな」

「ちゃうよぉ、今日はゆううつー。アマミーもきてくんね?」

「なんかあった? ──っておい」


海野に引かれて1階へ。


もしかして、職員室にでも呼び出されてんのか?

あぁ、多分そうだ。もう迷いなく職員室だ。


ズイズイと進む海野。

焦っているのか、全く話してくれない。

結局、呼び出された先生であろう人にまでついて行くことに。

コイツが怒られてる様なんて、あんま見たくねぇよ……。


「せんせー、連れてきましたー!」

「んー? あぁ、海野か、どうもありがとう」


職員室の隅、彼女の机は整理整頓されている。

書類ひとつとして机上に乗っていない。

真っ直ぐな眼光と眼鏡。いかにも堅苦しい授業をしそうな、若い女性の先生。

名前は知らない、お互いに。


念のため、自然な動作でポケットに手を突っ込む。

よし、俺アレルギー止めの薬はある。

最悪は回避可能だ。


「キミが海野の言っていた、アマミーだね?」

「はい、そうですけど……なにか?」


やらかし……は思い当たらない。

それに説教くさいムードでもない。

ただ先生は俺を、物色するように見ているだけだった。


「ふーん……。天才と聞いたから、奇抜な生徒なのだと思ってたよ。うん、恐ろしいほど普通だね、キミは」

「はぁ、普通ですか。別にそうなろうとは思ってないですけど」


嘘です。

普通じゃないと、この学校で死人が出ます。

ただでさえ1位の男なんですから、スーパー高校生ですから。


「いやぁ、でもキミは隠し事がありそうだよ? 特にそのポケットの中、何か入っているようだね」

「ハンカチとティッシュしか入っていませんが?」

「ははっ、よっぽど見せたくないんだねー。いいさ、別に興味はない」


先生の視線がそれた。

と同時に、ホッとしていることに気づいた。

それも異常に、警戒心を持っていたかの如く。


この人、何かが違う。


「もうせんせー、アマミーいじめちゃダメです、ウチ激おこ」


海野が俺と先生の間に入る。

先生は「おお怖い怖い」と気にしていなかった。

先生はコーヒーをひとくち飲んだ。馴染みのある香りだった。


「あぁ、そう言えば……」


と言って、先生は何か思い出したご様子。

きっと本題だろうと思い、少しだけ聞く体勢になる。


「キミに『氷の魔女』から伝言が届いてる」

「氷の魔女?」

「男子なら尚更知ってるだろう? あのー、あれだ、図書委員長の子だ」

「あぁ、知らない人なんで無視しといてください」


なんか、まためんどくさいことになりそう……。

ホントに知らん女子からの伝言ほど、怖いものってこの世にない。

地震、雷、火事、親父、借金、知らん女子からの伝言。


「……『今日、図書室にまで来てほしい』だそうだ。言ったからな? 無視して女の子泣かさないでくれよ?」

「図書室? 図書室って今日は──」

「そう、閉館日だ。……あとは自分で察してくれたまえ」


おおっと、モテ期が来た?

ついに来ました?


「アマミー! 鼻の下を伸ばすなー!」

「いやいや、伸ばしてない伸ばしてない。……図書室ねぇ」

「おや? 珍しくキミもやぶさかではないようだね?」


ちょっと、このシチュはマズイって。

いやぁ、もちろん振らないとね、俺アレルギーが発動しちゃうから……。


『愛が有れば大丈夫だよ?』


心の中で語りかける雫さん。

そうだ、そうだった。あの茶番で、重大な事実が発覚したんだ。


「アマミー! 目を覚ませー!」


ぐわんぐわん、視界が揺れる。

海野がなんか言ってる。

ぜんぶきこえねぇよ。へへっ。

そうかー、こくはくかぁー、アオハルやなぁー。


……ふへへ

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