第16話 個性的でありたい
なぜアイドル?
表面だけの男と話をするより、私を心から好いている人と握手していたい。
世間は、私を愛する人をキモオタなどと蔑視している。
黒咲明日香。ファンの間では『アスポン』という名で呼ばれている。
「アスポンは最高のアイドルだ!」
「アスポンを見てると、元気が湧いてくるよ」
「現地で見たけど可愛すぎて可愛かった」
SNSは、あまり好きじゃない。
嬉しいことよりも、嫌なことの方が目につく。
「キモオタから金を巻き上げるだけの簡単な商売」
「立ち振る舞いがキモい。顔だけのくせに調子のんな」
「もうすぐ脱ぎそうだね、応援してます」
画面を何回かスクロールするだけで、匿名のゴミに心を刺される。
簡単に発信できるから、簡単に人を傷つける。
もう、アイドルなんてやりたくなかった。
給料は少ない。
学校に通って、レッスンに向かう。
すると帰る時には日付が変わっている。
振り付けは学校で覚えるか、睡眠時間を削って徹夜で覚えるか。
園芸部なんて形だけの部活をサクラ数名と共に設立して、ひとり部室で踊ることもあった。
学校にバレないように、友達にバレないように自分を偽る毎日は苦痛でした。
ですが、小さなライブ会場が愛おしかったです。
だから彼に殺されるまで続けていました。
────────
……お見合い相手、いなくね?
襖の隙間から様子を伺っていても、それらしき人物はいない。
狭い視界ではあるが、黒咲周辺の玄関はバッチリみえている。
だが、玄関が開いても、お見合い相手がいないという奇妙な構図。
俺と海野は襖から玄関を覗き、後ろで四葉は寝っ転がっている。
「……ウチ分かった。実は忍者がお見合い相手で、ウチらの見えないところで見張ってるんだよ」
「いやいや、んなわけあるかい」
「いやいや優くん、それがあるんですよ」
「どうも、伊賀の者です」
四葉……また変な芸を覚えてるな。
口笛、ハーモニカ、ウクレレってきて、今度は声真似かよ。
かまって欲しいのは分かるが、もっと有意義な嘘をついていただきたい。
「伊賀方は、そこでなにしてるんですか?」
「えーっと、今日はお見合いと聞いてきたんですけどね。ほら、ボクって人見知りやないですか。それで、恥ずかしくなってここに隠れとるんです」
四葉の声真似、意外にクオリティーが高い。
なんかイントネーションも関西風というか、あまりこっち側では馴染みのない感じだ。
「よく登りましたねー」
「ええ、忍者ですから。皆さんによう言われます」
「ちょい四葉。お前さっきからうるさいぞ──」
振り返ると、四葉が寝転がっている。
で、問題はその頭上に穴が開いているということ。
がしかし、そこに人はいない。
「え、待って。ウチの予想大当たりじゃね?」
「いや、マジでそんなわけない」
俺は部屋の中央で寝ている四葉に聞いた。
「なぁ、さっきのってお前の声真似だよな?」
「んー私? 声真似なら、ドラ息子エモンしかできないよ?」
「してたじゃん! 今、忍者の声真似してたじゃん!」
してたと言ってくれ!
忍者なんてカッケー存在がいたら、俺の将来の夢が変わっちまう!
さあ、してたと言って……
「なんかすんません。ボクのコンタクト、ここに落としたみたいで。一緒に探していただけると嬉しいです」
部屋の中央、四つん這いになっているなんかがいる。
黒色の忍者。
コンタクト探してる忍者が、畳の上きょろきょろしてる。
「いやぁ、マジ見えないんすよ。この前の視力検査とか両方ともDでしたもん」
「忍者だ! ウチの言った通りじゃん!」
たしかに忍者、風貌は忍者。
だけど、コンタクトを探しているところは現代人。
カエル化現象とは、こういう感情なのだと知りました。
「あー、ありました。コンタクト、ありました。皆さんすんません、お騒がせしました。はい、それでは……」
忍者のコスプレをした青年はコンタクトをつける。
で、煙玉を畳に投げつけ、姿を消した。
はい、姿を消した、もう、煙が薄くなっていた時には、痕跡がない。
すごい、はやい。
「……はい……伊賀の者です……はい」
そしてまさかの移動先は玄関。
襖の向こうの玄関からかすかに話し声が聞こえてきた。
今、黒咲と忍者のお見合いが始まろうとしていた。
────────
が、終始無言。
和室で向き合っていても、外で散歩していても、ししおどしがカコンとなる以外に音がない!
「おい! お見合いはそういうのじゃないだろ!」
……と突っ込んで2人のお話の潤滑油になってやりたい。
シャイな忍者とお見合い嫌いの黒咲。
それぞれ別のベクトルでダメになっている。
2人は和室に戻ってまたもや無言で座り待ちぼうけ。
ただ、2人の前にある緑茶が冷えてゆくだけでした。
「おいおい、これって1番気まずいヤツだよー」
「お見合いうまくいってないってことはウチらの作戦成功ってこと?」
「まぁ、そうだけど。気まずい感じで終わる後味悪いしなぁ」
何か、話を産むきっかけでもあればいいのだが……
──ひゅー、ひゅーるり
四葉先生、退屈なのはわかりますが、少々口笛を控えていただけると。
あと海野さん、襖を開こうとしないで?
俺がたまたま必死に押さえてたから、アンタは突撃できないけどね。
忍者がんばれ!
お願いだから、なんかいい感じの雰囲気作ってくれ!
「……音楽やったら、なに聞きます?」
「ごめんなさい、音楽聞かないです」
「……そうですか」
地獄、無限地獄、苦しい苦しい。
黒咲のコミュニケーションに打ち負かされてる。
もう、見てるのも辛いし、海野との攻防も続いてるし。
──ファー、フォー、ファファ
もうダメだ、ハーモニカまで持ってきてるよ四葉。
こりゃあ止めなくては……。
うーわ、めっちゃ楽しそう、止めるに止めれない。
……?
話し声?
「……ハーモニカですね。えっと、ボクはハーモニカ好きですけど、あなたはどうですか?」
忍者、よく言った。
お前の勇気は黒咲にも伝わって……ない。
「私は普通です」
たった一言。
それで会話が終了しました。
はい、忍者は次の話題も頑張って振ってください。
「ドラ息子エモンですー。今日は皆んなにハーモニカを聞かせますー」
──ファー、ファー、ふっ、ファファ
「ここの音が出ないよぉ? ふっ、ふっ。ほらぁ、ここの音でなあぃ」
木之下さん、地味にうまい声真似しないで。
忍者のメンタルが削られるから。
「ボク、ドラ息子エモン好きなんですよ。とくに初期の方、最近は声優が変わって、違和感があるというか……」
ほら、また無謀な賭けに出た。
どうせ「私は普通です」って言われて終わるに決まって──
「私は声優の変化から時代の変化を感じるタイプの人間でして、あの違和感もまた長期アニメの良さを引き立てているなと……」
眼鏡をキラリと光らせて、黒咲は一呼吸で言い切った。
やばい、忍者逃げろ!
黒咲がオタクモードに突入した!
「おお、そうですね。声の変化も……」
「声の変化だけでなく作画や技術の変化も楽しみ甲斐がありますね。特に過去の話をリメイクする際にはやはり原作愛の入った作り込みを感じますし──」
ペラペラペラペラペラ
無限、さっきまでとは真反対。
無限に話が進んでしまう。
オタク恐るべし、自分のテリトリーに入った獲物は絶対に逃がさない。
──らぶりープリンセス! 今日も笑顔でがんばろー!
四葉、核弾頭を所持。
スマホの画面にて、プリッキュアを視聴中。
イヤホンが奥まで入っておらず、周囲に音漏れしてしまい……。
スパァン!
俺の防衛していた襖が、たやすく内側から突破される。
中からめんどくさいオタクが出現。
四葉を捕食(話のターゲットに)
「プリッキュアいいですよねー。子供向けかと思いきやストーリーで感動させる方向性。最近の子達は女の子だけじゃなくて男の子も変身してもうヤバい!」
「優くん助けてー! 変な人がいるー!」
四葉、動けない。
延々と続くマシンガントークの餌食になってしまう。
「ボク、あの方の地雷踏んだんすかねぇー?」
頭をポリポリとかきながら、忍者が部屋から出てきた。
心なしか、げっそりしている気がする。
「まぁ、人は見かけによんねぇし。あれはあれで、楽しそうだからいいんじゃねえの?」
「そういうもんすかねぇ?」
「そういうもんだよ。楽しかったら何でもいいって、そういう日を生きてるんだから」
いつの間にか、海野と四葉、黒咲でプリッキュアの視聴会が始まっている。
海野は新鮮そうな瞳、四葉と黒咲はベテランのキュアリストとしての瞳。
それぞれが個性的な反応をしていた。
発信する側でなくても、受け取る側でも、個性って存在するらしい。
「改めて、男同士で自己紹介します?」
「いいけど、俺、偽名使うよ?」
「ええーっ!? ボクそんなに信用ないっすかぁ!?」
「コッチにもいろいろあんだよ。信用してねぇわけじゃねぇ」
俺アレルギー。
それもまた、個性的と言えば個性的。
「んー。納得いかないっすけど、人様の事情には深く聞かないっす」
「ありがとよ、それでこそ忍者だな」
男同士、久しぶりの自己紹介だ。
「偽名だが、俺のことはアダムと呼んでくれ」
「流行りのアニメからっすか? でもいいっすよ、かっこいいっす」
「おう、覇権アニメだからな。で、お前は?」
「ボクは伊賀の者っす」
コイツ、さては天然か?
伊賀の忍者って分かったから、名前をだな。
「冗談はいいからほら、名前」
「だから、伊賀の者っす」
「伊賀の者? それは出身じゃねぇの?」
「違うっす出身は東京っす。で、名前が伊賀 乃茂野っす」
東京出身の忍者?
伊賀 乃茂野(いが のもの)が名前?
めっっちゃ個性的すぎひんか?
あと、
「お前、めっっちゃ紛らわしいわ」
「よく言われるっす」
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