第20話 愛しき事故の償い

──俺アレルギーの致命的な点は、未だ人類に理解されていないという点なんだ。


──逆に、その段階さえクリアしてしまえば、キミはもっと長生きできる。


「……おっさん、誰だよ。何で俺、教室で縛られてんだよ」


──突然呼び出してすまない、私の名前は……そうだな、仮にアダムとさせていただこう。


──そう怒るな。キミの偽名の方が都合がいいこともあるんだ。


「直接頭に語りかけるタイプなのね……」


「まぁ、普通に話せるけど……」


──コッチの方が雰囲気あるでしょ?


「雰囲気とかいらねえから! 普通に話せって普通に!」


目が覚めたら、俺の教室にいた。

窓の外は真っ暗で、俺は自分の席で縛られている。

前の黒板には円形脱毛症のおっさん、頭の上に輪っかが浮いている。


あの白いローブに、輪っか……天使だとは思いたくない。


「……こほんっ、では本題に入ろうと思う」


天使は黒板にカッカッと板書している。

字は汚く、かろうじて読める範囲。

ひと通り書き終わるまで縄を解こうとしていたが、変な結び方で無理だった。


「俺アレルギーとは……」


天使はバンっと黒板を叩く。


「キミの魂が、なんか知らんけど外に漏れ出してしまうことで発現する、かなり危険な病である」


「俺の魂?」

「そうだ。なんか知らんけど、キミの魂は常に漏れ出ている」

「ちなみに、原因とかって知ってたり──」

「ははっ! そんなん知ってたら苦労せんわ!」

「ははっ!」


そっすよねぇ、知ってたら苦労しないですよね。

俺もそうですよ、俺アレルギーってホントになんなの?。


「よーし、じゃあおじさん、キミに知ってるとこだけ話してやろう。

どうだ? 知りたくて仕方ないだろう?」

「んー、まぁ。魂がうんたらってのは知っとかないとマズそうなんで」

「よし分かった! もう一度黒板を見てくれ!」


黒板には、変な図が描いてある。

棒人間が2人並んでいて、上にそれぞれ、雨宮、一般人、と書いてある。

棒人間の間に矢印で『たましい』と平仮名で示されている。


「まず、一般人に対してだ。キミの魂が一般人に向かっていった場合──」


カッカッ、天使は黒板上に『拒絶』と記す。

ギザギザで囲って、いかにも悪いイメージを醸し出す。


「キミの魂は拒絶されるため、難なくキミに帰ってゆく。……ここまでならキミと一般人の生命に危険はない」

「じゃあ、皆んな咳き込むのって、魂を返してるってことですか?」

「そういうことになる」


天使は腕を組んでうなづく。

生まれて初めて、授業に参加している気分になった。


シュッ、天使は一般人という文字を消した。

カッカッ、そして今度書き出した文字は『好き』。

雫さんが言っていた、愛を持つ人間なんだと思う。


「一般人の場合、害はないんだ。がしかし、キミのことが好きな人間の場合は深刻な事態となってしまう……」


カッカッ、天使は黒板に『吸収』と記す。

俺の方を振り向くと、眉を寄せて困り顔だった。


「キミのことが好きな人間の場合は、キミの魂を吸収してしまう。

……咳やくしゃみで魂を返してくれないんだ」

「えっと、そしたら俺はどうなるんすかね?」

「魂が少なくなって、最悪の場合なくなってしまう。……死ぬ」

「しっ!? ええぇ! もしかしてココ、死後の世界!?」


いやいや、嘘だろ!?

ああ? でも縄で縛られてんのに痛くない気がする。

なんか足の感覚もないし……


「まぁ慌てるな。ココは所謂、キミの夢だから」

「まじすか……。よかったっす」

「現世のキミの寿命はあとちょっとある」

「……増えるんすか?」

「そうだ。特殊な方法で増える」


天使はカッカッと黒板に書きだした。

空いているスペースはこれで無くなる。


「キミのことが好きな子……仮に花子としよう」


黒板にもう一つ棒人間ができた。

上には花子と書かれている。


「花子がキミと接触した場合、キミから漏れ出ている魂を吸収してしまう。

この吸収された魂は、とある方法で還元される。……なんだか分かるかい?」

「焦らさないで教えてくださいよ」


おっさんは少ししょんぼりとして、黒板に『添い寝』とだけ書いた。

おっさんの説明を聞く。


「添い寝とあと……。まぁこの話はなしだ」


おっさんは親指と人差し指で円を作り、逆の手の人差し指を抜き差しする。

スコスコ……


「ぶっ、……おいハゲ!」

「添い寝の場合は、魂の還元が少しだけ。コッチの場合は沢山。

どちらにしろ、キミの生命を長く保つには必要なものだ」

「……もうやだ」


保健体育の授業くらい疲れる。

おっさんの授業ってだけでも嫌なのに、下ネタでいじられるとか。

普通にしてくれ昭和の人間さん。

あっ、天使か一応。


「ただ、キミのことが好きであればあるほど、キミはその子に滾らない。

何となく分かると思うが、自分に性欲は湧かないだろう?」

「よくご存知で。まじでそうなんすよ」

「そうだろう? だから私も工夫した。……ふふっ、感謝するなら後でな?」


パチンっと天使が指を鳴らす。

黒板がぐるりと裏返り、テレビ画面になった。

『天使の天才的な暗躍』と、ポップな字体で表示されている。


────────


時間にして約5分。

そこまで長くないビデオの感想としては──


「テメェ! 2度とその面見せんな!」


余計なことをするなと、そう言ってやりたい気分。


このハゲは、雫さんを惑わして、四葉の事故も起こした。

俺の周囲をかき乱して、勝手に性交させるように立ち回った。


はっきり言おう、本当に死んで欲しい。


「……これが真実だ。あえて言おうか? 

キミが死ななかったのは、私が尽力したお陰なんだよ」

「俺が生きてても、周りを不幸にさせてどうすんだよ!?」


そんな人生、そんな人生なら、死んだ方がマシだ。

いらん事しないでさっさと殺して欲しかった。

なんでテメェの一存で、俺アレルギーをこの世に残したんだよ?


「キミの本心はよく分かる。天使だからね」

「だったら──」

「キミ、本心では誰よりも自己中心的だ。

誰よりも貪欲に、生きることだけを考えてる。

綺麗事を頭の中で並べたって、人の本質は心に滲み出るものなんだよ?」


天使が俺の前に来た。

にこやかに、俺の縄を指差す。


「これがキミを縛っている綺麗事。

もしこれ解いちゃうと、キミは生きるために必死で行動する。

子孫を残そうとする。そしておそらく、社会的に死んで、暗がりで生きる」

「偏見か? それとも脅しか? お前のいうこと、だれが信じる?」


ハハっと笑う天使。


頭の輪っかが黒く染まっている。


外見もハゲたおっさんから、お姉さんに変わる。


羽も生えている。真っ黒い。

これが所謂、堕天使という奴なのだろうか?

だけど、俺を見下ろす瞳は今までで1番優しい瞳だった。


「私ねぇ、キミのことを生かそうとしすぎて堕天しちゃったぁ。

天界から堕されて、今はココ、誰かの夢の中」

「なんすか? そんくらいじゃあ、俺も負けませ──んむ!?」


口付け、感覚は、そこだけある。

深く、深く、底に、落ちる。

彼女は、何かを、俺に求めてる。

貪るようなキスじゃなく、上品な、形だけのキス。


「ぷはっ……。これである程度、あなたの魂は回復したわ」

「回復って、どのくらい……」

「1日分よ、それまでに見つけるの、キミの生き方を見つけるの。

たった1日、セッ○スで終わっちゃダメ!

抗って、抵抗して、それだけの力をあげたんだから!」

「どうしたんですか?」


彼女は縄を解く。乱雑だった。必死だった。

絡まっていた何かが俺の中でも解ける。

生きるため、という言葉が、ストンと心に落ち着く。


「キミの体、今ヤツらに貪られてる。

キミが寝てるのをいいことに、魂までいただくつもりよ」

「なんなんすか? わけがわからない──ぐええ」


今度は抱きつかれた。

じんわり、暖かさが伝染する。

絞られるように、蛇に絞め殺されるように、抱擁は強く逃げられない。


「最後、お願いがある」


耳元で、天使はつぶやく。


「四葉と涼音、彼女たちの事故が起きた時、他の天使の能力が働いた。

彼女たちの精神は入れ替わってる。

だから彼女たちを絶対、ぜったいに──」


天使が目を合わせてくる。

吸い込まれるような、黒くて真珠の如く瞳。

まっすぐ、俺の目を貫く。


「もう一度出会わせて、精神を元に戻してあげて」


すぅーと白く染まる視界。

白銀、雪景色かのような振る舞い。

積もるのは四葉との思い出、アルバムか、走馬灯?


────────


頭が痛い、倦怠感も凄い。

ふらふらになって立ち上がる。

周りを見渡すと、コンクリートの冷たい部屋だった。

まるで牢獄……いや、本当に牢獄かもしれない。


「めっちゃ寒いし、鉄格子」


頭の位置にある、小さな穴は、夜空を眺めるためか?

しかし丁寧にそこにも鉄格子。

月明かりが隙間から部屋を照らす。


「……俺、あと1日しかないんだけどなぁ」


ガチャン、ガチャン。

鉄格子を揺らしても、虚しく音が響くだけ。

せっっまい部屋の中。いつのまにか眠ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る