第2話 幼馴染を助けたい

4月8日 始業式


 新学期、テスト、学校……。嫌な文字列しか浮かばない今日この頃。俺は四葉が乗っている車椅子を押して登校中、コンビニの前を通りかかっていた。


「待って優くん!」四葉は車椅子のブレーキを引く。


「ん?どうしたー?」アイツが。


それがいけなかった。


「くじ!あのアニメのくじがあるよ!」四葉はキラキラした目で、コンビニのくじを指差していた。


 クソ、このギャンブラーめ、何回爆死したら気が済むんだ? しかも、コンビニのくじは高すぎるし、期待値と値段が見合わないんですよ。


「ぜっったいにやらねーぞ!?」


 俺は構わず発進しようとするが、車椅子にはブレーキがかかっている。さらに四葉は振り向いて、俺に問いかける。


「優くん、ダメ?」四葉の上目遣い。


普通の男子ならイチコロなんだろうが、残念ながら俺には効果なし。


 とにかく、コイツをここから離れた所に連れて行けば……。俺は車椅子のハンドルを握りしめ、歩き出そうとする。


……まだ動かない。


「四葉、そのブレーキを離しなさい。早く動かないと、いろんな人の迷惑でしょうが」そう言っても、四葉は首を横に振った。


「優くんのお金じゃないから! 今日は私が払うから!」


「あまり大声出すなよ……。ココ、道の真ん中だから」


 俺の言っていることは事実。この車椅子は現在、道の真ん中で停車している。つまり、長居するとそれだけ目立ってしまい、俺アレルギーが発症してしまう。


「優くん?ブレーキから手を離して欲しければ、私にくじを引かせなさい」


その勝ち誇った顔、マジで腹立つんですけど。


「……はぁ、1回だけだからな」


「やったー!」四葉は今日イチバンの笑顔でブレーキを解除した。





 と言っても、四葉はコンビニの外で待機している。アイツの言い分は『優くんが引いてくれたやつが1番欲しい』というもの。


 そして四葉は最後に「誕生日プレゼント、期待してるよ?」と言って俺を見送った。


「誕生日ねぇ……」


 今日、4月8日は四葉の誕生日。要するに多分、このくじで引いた賞品が、四葉の誕生日プレゼントになるのだろう。


「すみません、くじを引きたいです」くじの券をレジにいた女性店員に見せる。


「イッチバンくじですね。1回でよろしいですか?」


「はい、1回です」俺は少し迷ったが、当初の予定通り1回と言って、四葉から受け取ったお金をレジに置く。


 店員は俺の言葉を聞いて、すぐにレジの下から箱を取り出す。赤い箱の側面には『イッチバンくじ』と大きく書かれている。


目玉商品は美少女フィギュア。


そのまま箱に手を突っ込み……。これじゃない、これでもない。


……これだ!!


勢いよくくじを一枚取り出した。




「……はい、こちらE賞のマスキングテープです」


 はい、終わり。四葉ちゃんの誕生日プレゼントはマスキングテープでーす。バカが、運に任せるからこうなるんだよ……。


ああ、くそ。いや、だから、自業自得だって。はぁ、もう、ほっとけばいいのに。俺の馬鹿野郎。


「あの、すみません。くじ、もう1回引きます」まだレジから離れない。


「ええっと、700円ですよ?」店員さんは心配そうに俺の財布を見て言った。


 ボロボロになって、ところどころ皮が剥げているサイフ。もちろん中身もあんまりで、700円はかなりの痛手だ。


「……大丈夫です。この雨宮が、必ずフィギュアを引いて見せますよ」


「こほっ、ほっ、本当ですか!?」店員さんは軽く咳をしてしまった。


 ちくしょう、店員さんにも症状が現れ始めたか。つまり、正真正銘、これがラストチャンス。


「それでは……」


「どっ、どうぞ……」店員さんがくじの箱をコチラに近づける。


これだ!!


今度は迷わない。俺は箱の中に手を入れて、最初に掴んだくじを取り出す。


中身は──




「すっ……すごいです! A賞ですよ!雨宮さん! ゴホッ、有言実行じゃないですか!?」店員さんは拍手で俺を褒め称える。


ちゃっかり、名前を覚えられてしまった。あんまり勢いで言うもんじゃないな。ほら店員さん、咳で苦しそう。


「いやぁ、たまたまですよ。ホントに、偶然……」


 「おおっ、A賞だ」と店内にいた人からも声が上がり、少々恥ずかしくなってきた。


 俺はそそくさと景品のフィギュアの箱を店員さんから受け取り、自動ドアをくぐった。





「ねぇいいじゃん、車椅子、俺たちに押させてよー」

「キミ、そこの高校の子でしょ?可愛いね、彼氏とかいるの?」

「足、怪我してんだよね?よかったら──」


 俺が外に出ると、四葉がいるコンビニの脇に、男3人が群がっていた。アイツの迷惑そうな表情を見る限り、友達でもないらしい。


それに、彼らが着ている制服はあまり見慣れないものだった。


「ごめんなさい、私、連れの人がいるので……」


「連れって誰?女の子? だったら俺たちヘーキだよ?」

「そうそう、仲良くなれる女の子は、1人でも多い方がいいし」

「ははっ、お前、下心隠せって……」


「いえ、ゆうく……男の子なので……」四葉は震えながら、ブレーキを握りしめている。


「ッチ、男かよー」

「いやいや、ないわー!せっかく可愛い子がいるのにー!」

「……まっ、別にいいだろ?」男達はアイコンタクトを取り始めた。


「いやぁ、誰か……」四葉の声に、通行人は見向きもしない。


 仮に気付いたとしても、皆んな見て見ぬふりをするのだった。俺しか……助けられない。


──あれ、やるしかねぇか


「俺がその子の連れだ!その子を離せ!」俺は1番ガタイのいい男の腕を掴む。


「あぁ? お前が?コイツの?」不良は俺を指差して、その後四葉を指差した。


「そうだ、雨宮優だ。趣味はパソコンゲームの、引きこもり高校生だ」


「「「……ぷっ! ギャハハハッ!!!」」」


 男達が吹き出すタイミングは同時だった。腹を抱えて大笑いしている。猿みたいな笑い声はコンビニ一帯を包んだ。


「そうか、お前がこの子の連れか。ははっ、キミも見る目ないなぁ」

「ありがとな引きこもり! 普通に俺らのが上だわ!」

「あぁ、この子かわいそっ! こんな奴と仲良くしてたから芋臭いんだな!」


「優くん、私のことはいいから……」


「ゆ・う・く・ん? ユウくんは、俺たちに喧嘩を売りに来たのかなぁ!?」

「ってかそれなんだよ!? クソきめぇ!」

「おい、ゴミみてえなもん持ってんじゃねぇよ!」


パンッ! 


 不良の一人がフィギュアの箱を殴った。軽い発砲音のような音があたりに響く。拳は箱を容易く貫き、不良はニヤニヤしながら箱の中で何かを掴んだ。


グシャリ!


あっ、しまった。男の手の中、限定フィギュアはグシャグシャにされる。


──コイツらも、苦労して生きてんだな。


会話のできない猿に対して、俺は少しだけ同情する。


「お前らゴミにも改心して、普通に人生を歩んでもらいたいな」


「ちょっと、優くん!」


──羨ましい


お前らはさ、改心さえすれば、普通の人生が送れるもんな。


「んぁ?てめぇ、今なんつった?」

「テメェ、マジで殺されてぇのか?」

「このフィギュアみたいになりてえらしいなぁ!?」


「ほら、ゴミはゴミらしく殴ってこいよ」


「上等だ……」1番ガタイのいい不良がコキコキと首を鳴らして前に出た。


 スゥッと俺は大きく息を吸い込む。脳内には、俺の個人情報を出来るだけ羅列しておく。


 名前、住所、家族構成。そして趣味や生活習慣など。これよりも深い内容も吐き出して、コイツらに俺アレルギーの症状を味あわせてやる。


そう、個人情報を言い切るだけ。


コイツらは殴らなきゃいけないのに対して、俺は個人情報をばら撒くだけ。


──俺にはバイオテロが可能なのだ。

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