第3話 オフパコメンヘラストーカービッチ!!

 俺の手は震えていた。ネットから消し去ったはずの作品がなぜか製本されているという異常すぎる事態に。このまま見て見ぬふりをしてもいいと思った。大人しく本を本棚に戻して彼女が風呂から上がってくるのを待つ。あとは彼女を疲れ果てて眠ってしまうまで抱き続ける。それで俺は幸せになれるだろう。



---それでいいのか?




 今俺の目の前には過去に捨て去ったはずの後悔がある。それに目を背けて俺は幸せになれるのか?本当に?




---それを見てはいけない。



---見てはいけない!見てはいけない!見てはいけない!




 だけど俺は自らの過去の重さに勝つことはできなかった。ページをめくる。



 

『さあ!我らは王道を行くもの!我が旗の下、我が思想の下、我が愛の下に集え惑う人民よ!汝らが王はこのわたくしである!!』





 そのリード文は間違いなく俺が書いたものであった。そのままページを読み進める。すべての文章がネットに上げたものと全く同じだった。ただ驚いたのは誤字脱字の類がまったくなかったこと。きちんと手を入れて校正されている。そして何よりも衝撃を覚えたのは、挿絵の存在。イラストレーターが誰なのかは見当がつかなかった。だけどその挿絵とデザインされたキャラクターたちはとても魅力的だった。この本はもしも俺の作品が書籍化したらこうなって欲しいという願望のすべてを叶えてくれていた。



「なんなんだよぉ…なんでこんなものがぁ…」



「どうかしたの?」


 振り向くとバスタオルだけを体に巻いた彼女がいた。彼女はどこか緊張感に包まれつつも小悪魔な顔で言った。


「緊張してるの?でも私だって緊張してるのよ。初めてなのはあなただけじゃないんだから…」


 彼女はベットに座った。頬を赤く染めて俺のことをウルウルとした瞳で見つめる姿はとても可愛らしいものだ。



---忘れてしまえばいい。そして目の前の女と愛を楽しんだらいい。


 ダメだ。それはもうできない。だってだってだって。俺はもう見てしまったから。


「これはなんだ?いったいなんだ?なんなんだお前は?」


 俺は『令嬢礼賛』の本を彼女の足元に投げる。彼女はその本を見て俺の心境を察したらしい。ぎょっとした目を向けて言った。


「ち、違うの!聞いて!それは!その本はね!!」


「何が違うの?別に何もまだ言ってないよ俺はね」


 焦ると女は【違う】と言うと父は言っていた。確かに母はいつも違うの違うの違うのと言い続けていた。違いやしないのに。


「その本はね…。あれなの!!貰ったの」


「くだらない嘘で取り繕うな」


「うっ!あのね…それは…その本は…ね。それは昔…」


 彼女は頑張って言い逃れられる言葉を探している。だけど俺は逃がす気はない。


「お前、あの日俺たちが出会う前から、俺のことを知っていたんだな?」


「っ!!」


 両手で口を押えて、彼女は何かを堪えようとしていた。図星をついてしまった。彼女のこんな顔を見たくなかった。


「俺が昔ネットで書いていたことをお前は知っていた。知っていて近づいてきた」


「…だったらなに?昔のことなんてどうでもいいでしょ?そんなことよりさっきの続きを」


 立ち上がった彼女は俺の首に手を回して口づけしてくる。甘くて気持ちのいいキス。だけどその余韻は最悪に近かった。


「誤魔化すな」


「でも今キスしたじゃない!!」


「なんで俺のことを知ってると言わなかった!!」


「知ってても知らなくても今はどうだっていいのに!!」


「そもそも俺がネットから作品を消したのは中学の時だ!この本はあの時にネットからダウンロードしてなきゃ作れるわけがない!今同じ高校にいるのも偶然じゃないんだろう!」


「あなただって私が好きなんでしょ!ならいいでしょう!!昔のことなんて!今がいいの!今が!今がいいのに!!」


 彼女は俺をベットに押し倒した。彼女の長い髪が垂れてきて、俺の首筋を甘くくすぐる。


「俺の作品を面白いって言ったのも全部演技か?」


「そんなわけない。そんなわけないよぅ。面白かった。あなたの小説は全部面白いよぅ。大好きなの。あなたが、あなたの作った小説も。全部大好き」


 好きと言ってくれる言葉を疑いたくはなかった。だけど疑念が湧けば愛はたちどころに乾いていく。


「俺はネットで活動していた時に令嬢礼賛以外も書いていたよ」


「うん。それも面白かったわ」


「でもお前が一番好きなのは。…っ。その本なんだろう?」


 わざわざ製本してイラストまでつけるなんてまともじゃない。俺だってそんなのは夢想どまりなのに、この女はわざわざそんなことまでしたのだ。


「挿絵はどうだったかしら?」


「なに?」


「私頑張って書いたの。でも恥ずかしくてネットに上げることはできなかった。女の子って嫌よね。好きって気持ちを正直に出せないんだから…」


 あの絵は彼女が書いたというのか?すごい才能だと思った。


「あなたの作品が大好きだった。だから私もあなたを追いかけたかった。…追いかけるはずだったのに…」


 彼女はぽろぽろと涙を流し始める。


「私もあなたに憧れた。だから自分でも物語を書いてみた。なのに!なのにぃ!!あなたは!あなたは!私が物語を書いたから!!だからやめちゃった!後悔した!すごくすごく後悔したの!!!ねえぇ!私の気持ちわかってよ!!私だってそうなの!あなたと一緒!書かなければよかったって!創作なんてしなきゃよかったって思った!でも好きなの!あなたが大好き!あなたの作品が大好き!全部全部大好き!だから追いかけて追いついて隣にいたかったのに…」


 嫌な予感がした。こいつはいったい何を創作した?それがどうして俺がやめる理由になったというんだ?


「あなたは褒めてくれたよね?私の小説。本当は嬉しかったよ。でもあなたの小説の方がずっとずっとずっと面白いってあなたは自信満々に言ってくれて本当に嬉しかったの。だってあなたの小説は、『令嬢礼賛』こそがこの世界で一番面白い本だから」


 かつて俺が彼女の前で褒めた本には心当たりがあった。【愚神令嬢】シリーズ。俺より後に出てあっという間に俺以上のポイントを稼ぎ、俺なんかが届くことはない書籍化さえ果たした大傑作。あの本こそが俺に挫折を与えたきっかけだった。


「…っああ…うそだろうぅ?愚神令嬢の作者はお前だったのか?そんなぁ…」


 遠い誰かならよかった。顔さえ知らない誰かであればこの感情を持て余すことなんてなかった。


「ねぇ。もういいよね?昔のことなんて…私は今のあなたが大好き。だからこれからのことを考えましょうよ」


 彼女は俺の胸にしなだれかかる。その白くて艶めかしい手が俺の頬を撫でる。


「出版業界には伝手があるわ。あなたの小説は面白いから、本にしましょうよ」


 願ってもないチャンスだ。かつて憧れた書籍化という夢が最高の形で目の前に現れた。


「それでいつものように私の隣で書いてよ。あの時間が大好き。傑作を待つ尊い時間、本を書くあなたの横顔の綺麗さに溺れるあの時間が大好きなの」


 あの時間は俺も大好きだった。幸せをいつも感じていた。人生でもっとも幸せな時間だったはずだ。


「一緒に頑張りましょうよ。あなたが立ち直るためならなんでもするわ。この体ならいつでも好きにしていい。身の回りの世話をさせて頂戴。私の愚神令嬢シリーズは絶版にしてもいい。私の全部をあなたに捧げるわ。あなたの人生を私に推させて…」


 なんて甘い囁きなんだろう。きっと目の前にハッピーエンドが近づいてる。俺が俺たちの恋愛物語の作者ならここで幸せなキスをして過去を乗り越えて二人は幸せになるだろう。





---もっとも苦しい道を行け。創作の王道はそこにしかない。































































「俺から離れろよ。このブス」


「えっ?」


 俺は彼女を押しのけて立ち上がる。そして令嬢礼賛の本をびりびりに破り捨ててやった。


「きゃああ!やめてよ!どうしてこんなことするの!その本は私の!私の一番大好きな!!」


「それは俺が一番大嫌いな作品なんだよ!このブス!!」


 彼女は俺の怒鳴り声にびくっと体を震わせる。


「だいたいうぜんだよ!男なんて体で何とかなるって思ってる小賢しい考えが鬱陶しい!なによりも自分の推しと早くセックスしたがってる浅ましい卑しさに呆れるんだよ!!」


「セックスしたがってるって!?そんな!違うわ!そんなのが目的じゃないの!私はただあなたが好きだから」


「推しとヤリたっがってるそこらのオフパコ女とさして変わんねーんだよてめーはよぅう!舐めんな!俺は女とヤるために小説書いてたわけじゃねぇーんだよ!!」


 自分を推している女とやりたがる下種だと思われていた。俺はその事実に耐えられない。俺は違う。俺は小説家だ。すべては創作が優先されるのだ。


「俺こそが傑作を書ける小説家だ!お前の力なんていらねーんだよ!俺は俺の力で自分の小説を世に送り出す!多くの読者を笑わせて泣かせて怒らせて興奮させて何よりも感動させる!!自分の力でだ!!俺の俺の俺の力と意思でだ!!!お前はおよびじゃないんだよ!読者風情が!越権行為だ!!俺の創作活動に口を挟むな!!」


 俺はそのまま部屋を出る。彼女は追いかけてきた。


「ねぇ待って!ちゃんと!ちゃんと話し合いましょう!私はあなたのことが大好きなの!!」


「うるせぇんだよ!オフパコメンヘラストーカー!てめーみたいなやつは俺の小説読んでオナってればよかったんだよ!それだけで十分だったのに!余計なことしやがって!」


「だってオナニーだけじゃ満足できないから!あなたがいなきゃもう!満足できないのに!!」


「うるせぇブス!お前とはもう終わりだ!俺の前に二度と顔を出すな!!!」


 そして俺は彼女の部屋から出て行った。そしてクリスマスでにぎやかな街を走って家に帰った。


「悔しい。悔しい悔しい悔しいくやしいぃいい!うわあああああああああああああああああああああ!!」


 俺は食器棚から皿を出して部屋に投げまくった。パリンと音を立てて壊れていくのが気持ちよかった。テレビを蹴っ飛ばして破壊し、机を持ち上げて壁に投げて壊し、庭の木をチェーンソーで全部切り落として、最高に気持ちよかった。


「はぁはぁはぁ…。ああっ!くそ!少しはすっきりした!でも、でもぉまだぁあ!!!」


 俺は本棚から愚神令嬢シリーズの小説とコミックスを取り出してそれを庭に放り投げるそこに斬り落とした木の枯れた葉っぱをかけて火をつける。


「へへへっ!ざまぁみろぉ!!ひひひーいーいひひひいひひい!!」


 彼女と俺とをつなぐ線はもう俺の視界にはない。だけどまだ心には彼女への思いがしっかり残っていた。それはもう愛ではない。愛は枯れ果てた。かわりに砂漠に湧き出る石油のようにあふれる感情があった。




--俺はその感情を糧に創作活動を再開することにした。



 これが彼女と俺との長い長い因縁の始まりなる。







【ネット小説家の俺のことを推しているかわいいあの子のことがとても愛おしくて、なによりにく・・いラブコメ】



 プロローグエンド


 ネクストチャプタースタート!!















ネクストチャプター予告!!



オタクに優しいギャルよりも自分に優しいギャルを見つける方がよほど簡単である。


彼女に勝てる理想のラノベを創るために俺は絵師の確保を策謀する。


すでにいるイラストレーターはプライドが高いから使いこなすのは難しい。


だから俺はまだ才能を開花させていていないやつを探し出して飼いならすことを決めた。


出来れば男がよかったのだが、見つかったのは女の子で何やら訳ありだった。


面倒くさいけど、俺はラブコメの主人公の如く女の子の問題を解決して、俺自身に懐かせることを決意した。




【ネット小説家の俺のことを推しているかわいいあの子のことがとても愛おしくて、なにより■■いラブコメ】


第一章 『オタクに優しいギャルは見つけるものではなく、創るものである』



期待してね!



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