第57話 不定なる死期

 正法眼蔵随聞記 三の十一その二

 「明日、次の時よりもいかなる重病をも受けて、東西も弁ぜず、重苦のみかなしみ、またいかなる鬼神きじん怨害おんがいをも受けて頓死もし、いかなる賊難にも逢ひ、怨敵おんでき出来いできたって殺害奪命さつがいだつみょうせらるる事をも有らん、真実に不定ふじょうなり。然れば、これほどあだなる世に、極めて不定なる死期しごを、いつまで生きたるべしとて種々の活計を案じ、あまつさへ、他人のために悪をたくみ思うて、いたずらに時光を過ごす事、極めて愚かなることなり。」

 明日、次の瞬間いかなる重病になり東西もわからずただただ苦しんだり、またいかなる鬼神の怨念により害を受けて突然死んだり、またいかなる賊の被害にあい、怨みを持った敵が現れて殺害され命を奪われることもあるだろう。真実にどうなるかわからないのである。であるから、はかない世に極めてどうなるかわからない死の時期であるのに、いつまでも生きているだろうとあれこれ何かをしようと考えたり、そればかりか他人に対して悪事をたくらんだりして無駄に月日を過ごす事は極めて愚かなことである。

 ごく当たり前のことを道元禅師は説いておられる。

 死はいつやって来るかわからない。けれど人間はこれからも生きていけるだろうと漠然と思っていることが多いだろう。そして漠然と時間を過ごしている。漠然と過ごしてるならまだしも良からぬことを企む奴も一杯いる。訳のわからんことをしでかす奴らは湧いて出てくるほどいる。何をしてるんだか。

 私も60歳を越えた。そして死というものを遠くないものだと感じるようにはなった。しかし切実に感じているかと言われれば、まだしばらくは生きていそうだと思っている。道元禅師から「極めて愚かなることなり」と叱られてしまう。

 今この瞬間しか生きられない。次の瞬間に命を落とすかもしれない。だからこの瞬間瞬間を一生懸命生きなければいけない。

 自分を戒めて生きていこうと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る