第十二章

 新田五郎はもうこれ以上九鬼龍作のことを考えるをの止めようと思った。そのような男はマスコミが興味本位で作り上げた架空の人物で、九鬼龍作という男は実在しないのかも知れない。こどもがかってに作り出し、マスコミがそれに乗った乗っただけのことだろう。こんなことに気を使っていては、これからやろうとしている計画がダメになってしまう。彼は眼を大きく見開き、

 「元気か?」

 といった。竹内満は顔を上げ、主人である新田五郎を見つめた。返事に窮した。

 (この人は・・・誰のことを言っているのか・・・?)

 「はあ・・・」

 というしかなかった。

 「はあ・・・」

 と、満は答えた。

 「母上のことだよ」

 「は、はい」

 彼は嬉しそうに頷いた。

 「お母様にはすまないと 

思っているよ。でも、君の役目は重大だ。これから先もお元舞台に出ることはないと思うが・・・」

 新田五郎はここで言葉を切った。そして、見るからにやさしい笑みを浮かべた。

 「しかし、北畠の再興には、君たちのような若い力がなければ不可能だ。お母さまも寂しいかも知れないが、もうしばらくの辛抱だ」

 新田五郎は若いちから・・・といったが、新田五郎はもっと若いのである。五郎は苦笑した。

 「はい」

 竹内満の声は透き通っていて、気持ちいい。

「あと二三時間もすれば、この台風も通過するだろう。少しゆっくりしていきなさい」

五郎は立ち上がり、

「何か飲むか?」

と、言って、笑った。自分よりもほんの少し年齢が上の竹内に気を使っているのである。

「えっ、はい。コーラがありましたら・・・」

「有るさ」

新田五郎は冷蔵庫から出したコーラの缶を竹内の前に置いた。

「さっき話した九鬼龍作の名前が出て来る一年前の事件というのを放してやろう」もっともそれ以前から、その男は人知れずこの世の中に出没していたらしいのだが、詳しいことは口うるさいマスコミでもよく知らないらしい」

(いかんな!)

彼は話すのを躊躇した。しかし、もう口に出してしまったからには、

(話さなくてはいけないな・・・)

と、思って、話し始めた。

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