第十一章

新田五郎は竹内様に白いタオルを投げた。

竹内はそのタオルを頭の上にのせ、手荒く濡れた頭を拭いた。その仕種は、今風呂から出たばかりのように見え、吹き終わった顔にはすっきりとした爽やかな表情が浮かんでいた。

 (若いな)

新田はなぜかほっとした気分になった。

(まだ・・・二十三か・・・)

「拭いたなら、こっちに来なさい」

竹内満は頭を拭いている手を止め、

今度はゆっくりと拭き始めた。両手で少しずつ髪型を整えようとした。彼の目は鏡を探しているようだったが、見当たらなかった。

「フッ!」

彼は濡れたタオルをきちんとたたむと、上り口の端に置いた。

 「失礼します」

 といって、長靴を脱いで部屋に上がった。そして、脱いだ長靴をきれいに揃えた。

 竹内満は、新田の前に正座した。

 「長い休暇を取ってもらったな。面倒だが、しばらくここに滞在してくれ」警察の動きは・・・どうだ?」

 新田は竹内から眼を逸らさなかった。

 「分かりました。今の所、普通の行方不明の事件とみているようです」

 「今の所か?そうか・・・。

新田は微かに笑みを浮かべた。

 「警察に何が分かる。分かるはずがない。だが、用心に越したことはない。気を付けていてくれ。何処の誰がしやし槍出て来るか分からないからな」

 新田五郎は竹内の前に新聞を広げた。

 「ここを読んでみなさい」

 竹内満は指で示した場所に眼を落した。事件の記事ではない。突然いなくなった父への少年の呼び掛けである。

 彼は顔を上げ、新田を見た。田丸町で今月までに行方不明になった者は数人いる。そのような呼びかけはあるかもしれない。さらに、

 「九鬼龍作の小父さん、お父さんをさがして・・・」

 と、最後の文章があり、記事はそこで終わっていた。呼びかけた少年の住所は田丸町で、私用年の名前は清水治である。

 「九鬼龍作?誰ですか?」

 竹内満は呟いた。初めて聞く名前であった。新田は広げた新聞をゆっくりとたたんだ。

 「聞いたことがないのか・・・九鬼龍作という名前を・・・」

 「知りません」

 「そうか・・・自衛隊でも話題に上がらなかったのか?」

 「はい」

 竹内満の濁りのない素直な声が返って来た。新田は苦笑した。実に馬鹿馬鹿しい事件が二期をした。

 「一年前・・・いや、本質はもっと以前にあるようなのだが、私が知ったのは一年前だ。ちょっとした事件がマスコミをにぎわしたことがある。それを、この子・・・清水治という少年なのだが、その子が九鬼龍作の名前を憶えていて、何かに縋りつきたい気持ちから、こんなことをしたんだろう。しかし・・・いや私の方が神経質になっているようだ。悪かった。許してくれ」

 だが・・・竹内満の方は新田の言ったことに興味を覚えたらしい。眼が輝いている。だが、口を開こうとはしない。おとなしくて無口なのではない。この若い己の主人に従順なだけなのである。どうやら自分の方から質問をすることは許されないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る