第十章
新田五郎は、
「時は来た。これから、全てが始まるのだ」
と、身体中に力を込めた。
新田五郎は十七歳であった。
(すべて・・・やった!)
長い・・・余りにも長い年月を掛けた計画だった。いや、夢だった。いや、違うか・・・。だが、そう簡単に、この計画は崩れない。まあ、この計画が進行して行く途中には、何かが邪魔に入るかもしれないが、その時はその時、うまく切り抜けて見せる。
部屋の明かりは消えていた。台風の影響で停電になっていた。おそらくこの辺り一帯が真っ暗に違いなかった。蠟燭の火が微かに揺れていた。台風は今ごろちょうどこの辺りを通過しているはずである。
新田少年は精させしたまま、壁に掛かっている掛け軸を見ていた。彼の家に長く伝わってい目者らしい。いつもは東京の家に置いてあるのだが、今日は持って来た。その必要があったのだ。
掛け軸は古かったが、これまで大切に保管されていた。掛け軸の古紙には傷がなかった。大きな河が掛け軸の中央を立てに走り両岸の田園風景が心地良い。左上の彼方には幾重にも山々が連なって絵が描け、その中に石垣が積まれている所がある。それが異様な迫力で静かな田園に覆い被さっていた。
新田五郎の呼吸が荒くなってきた。彼は眼を拭った。彼の表情が歪み、憎しみが浮かんで来た。
この時、新田の体が物音に反応した。入口の戸を叩く音である。
誰かが来たらしい。
新田は立ち上がり、入り口までゆっくりと歩いて行った。二DKの小さなアパートである。彼がこの部屋を借りて、三年になる。家主には宝石の外商が仕事だと報告してあった。実際、彼はいつも黒く重そうなアタッシュケースを持ち歩いていた。何か月もいないこともあれば、一週間も部屋に閉じこもり外に出ないこともあつた。
「誰・・・」
新田は短くいった。
「竹内満です」
若い男の声だった。新田は入り口を開けた。強い風と雨が部屋に中に吹き込み、部屋の中を舞った。
「早く入りなさい。こんな日に呼び出して悪かったな」
竹内満は直立不動で立っていた。胸を張り、身動きしない。眼が美しく光っていた。風の向きが変わったのか、部屋の中には雨がしけ込んでいなかった。新田は入り口を閉める前に、外の様子を一瞥した。駅のホームが見える。まだ明かりが点いていた。鉄道の電力は一般の電力とは違っているからなのだろう。だが、電車は
この台風の中運休しているかもしれない。空には明かりが無かったが、黒い雲の動きがはっきりと見えた。今にもこの小さな長方形のアパートを飲み込んでしまいそうな圧迫感がおそってきた 。
竹内が中に入ると、新田は戸を閉めた。
「コートを脱ぎなさい」
「はい」
と言って、竹内はコートを脱いだ。字得て対、それも航空自衛隊のものである。コートに付着していた水が狭い入り口の床一面を水で濡らした。彼はコートを何処へ置いたらいいのか、迷った。
「もう誰も来ない。そこのドアの取っ手にかけておきなさい」
彼は、はい、と返事をした。
新田は、彼にタオルを投げた。家の中に入った左側に二つの取っ手が取りつけてあった。彼は右の入り口に近い方の取っ手にコートを掛けた。
「電車は止まっていなかったのか?」
「止まる最後の電車に乗っていました。名古屋発の電車です」
「そうか。それは何よりだったな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます