第七章 田丸町町長室で・・・
吉崎宗雄は町長の椅子を窓の方に向けていた。田丸町町長になり、三期目に入っている。町長の椅子にゆったりと腰を下ろし、台風の真っただ中にいる我が町の様子を眺めていた。田丸町庁舎の背後には新たな田丸城が完成していた。明日、開城式が行われ、多くの来賓者が全国から集まる。政府関係者にも招待状は送っていたのだが、一人だけだった。官房長官にだけ送った。もちろん、三重県の知事ら幹部も勢ぞろいする。
「いよいよ・・・明日・・・か」
吉崎宗男は言葉を詰まらせた。
「やっと、ここまで来たのだ」
吉崎の言葉は短いが、実感がこもっていた。
「長かった、余りにも。しかし、今、全ての準備が整ったのだ。北畠具教様・・・」
吉崎宗雄は堪らず嗚咽し、涙した。吉崎は眼を拭わない。町長室の窓は全面ガラス張りで、台風の近づいて来ている真っ黒い雲は生き物のように踊り狂っているように見えた。
「そうですね、町長」
八田幸二は軽く頭を下げた。彼は目の前の町長の後ろ姿を見ていた。細い体は風格という面では少しもないが、厳しい顔付きは誰をも近づけ難い威厳があった。田丸町町民は親しみを持って、この男を町長に選んだのではない。八田は、そのことをよく知っている。
「明日は、晴れるかな?」
「晴れるでしょう」
八田は短く答えた。彼はまた軽く頭を下げた。彼は今田丸町の総務部長である。来年定年で退職するが、吉崎宗雄から収入役を約束されていた。
「秋だな・・・」
「・・・」
八田幸二には、町長が何を言おうとしているのか分からなかった。町長は眼を窓に向けたままだった。
(眼が光った・・・)
ような気が、八田にはした。窓の外の光景には何の変化もなかった。
「秋は好きかな?」
「はっ?はい。この台風が通過しますと、秋ですね」
今は、秋の真っただ中である。この台風が通り過ぎても、秋のままだろう。
(おかしなことを言う人だな)
八田はそう感じた。肩が少し疲れていた。彼は背筋を伸ばしたまま吉崎町長の背中を見ていた。
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