第五章  治少年の願い・・・

少年の眼は、窓に吹き付ける雨に引き付けられていた。風がゴォーと音を立てている。その風に乗った雨は、窓ガラスにぶち当たって砕けた。

 ピシッ、ビシッ、

 少年は手で耳を押さえた。それでもその恐ろしい音は、体の中に響いて来た。

 「ちょっと用事に行って来るからね」

 と、言って、少年の母は出て行った。

 今までもこんなことは何度かあった。いつも笑って帰って来た。多分、今度もそうなのかもしれない。だけど、なぜか今日は気になった。こんな日だからなのかも知れない。

 「台風が来ているのよ」

 と、母は言っていた。

 「台風って・・・怖いの?」

 「毎年、やって来るんだよ」

と、少年の母は言っていた。少年は首を傾げた。前は・・・去年のことだが、少年はよく思い出せなかった。治少年は、五歳だった。病室のテレビはアニメをやっていたが、彼は見ていなかった。元気に外で遊んでいた頃、夕方になると急いで家に帰り、テレビの前に座っていた。それが・・・やはり、家に帰って来た時、倒れてしまった。それが今年の三月の終わりだった。

少年はなぜ自分が病院に入院しているのか、知らない。時々気分が悪くなるが、今の所それ以上何もない。

「お母さん」

治はポツリと呟いた。ふっと病室のドアの方に眼がいったが、誰も入って来なかった。治は、母が何処へ行ったのか、知っていた。

「刑事さんに、お父さんを探してくれるように頼んであるからね」

と、母は治に行ったことがあった。この病室に母がいない時、いつもお父さんを探しに行っているわけではない。そのことは、治自信よくわかっていた。時には、スーパーのレジ袋を持って帰って来る。レジ袋の中にはいつも修の好きな百円のゼリーが三つ入っていた。

今はもう、警察に行って来るからねとも言わない。治も、何処へ行くの、とも何も聞かない。だが、帰って来た母の表情はいつも寂しそう。彼はがっかりするが、お帰りなさい、といって笑うようにしている。

(お父さん、見つからなかったんだなあ・・・)

と、修は思う。でも、

(いつの日が・・・お母さんはお父さんと一緒に僕の前に現れる)

と、修は信じている。

病室には備え付けのテレビがあるが、消えている。治が夕食を食べ終わってから、由美子は、行って来るよ、と言って出て行った。だから、三時間・・・に、なるのかも知れない。

「遅いなあ・・・」

と、修は呟く。今日こそきっとお父さんを見つけてくれて、一緒に帰って来るに違いないと願いながら、

「お父さん・・・」

治は、父朝雄の顔を思い浮かべようとした。治はまだ自転車に乗れなかった。入院する前、父朝雄が休みの時に二人で自転車に乗る練習をしていた。なかなかうまく乗れるようになれなかったのだ。だけど、もう少しで乗れるようになれるところだった。それなのに、朝雄が休みになる前日、家に帰って来なかった。そんな父の顔はゆっくりと修の脳裏に現れて来た。しかし、突然朝雄とは違う顔の男が現れた。

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