第三章  あることの発端

さらに、その時刻の二時間後の午後七時十分ころ、三重県伊勢警察署に三十前後の・・・いや、二十七歳の女が現れた。灰色のレインコートを脱いだが、顔に雨がしけ込んでいて顔が署内の明かりに光っていた。署内に入るとも一階には交通課がある。彼女はそこには洋画ないらしく、右の方に歩いて行き、階段を上がって行った。どうやら何度かここに足を運んでいるようだった。

女の表情に疲れ切った雰囲気が漂っていた。女を見て、誰もが気付くことなのだか、その眼には何かを思い詰めているようで、どんよりと曇っていて異様に見えた。

女は捜査一家の前で立ち止まった。どうしようか迷っているのではない。気丈に、倒れまいと足を踏ん張っているのである。女は寄り掛かるように捜査一家のドアの取っ手を持ち、開けた。

入って来た女に気付き、振り向いたのは、四十過ぎのでっぷりと太った男であった。

「清水さん」

 立って、清水由美子に近付いて行った。

 「また、やって来ました。すいません」

 と、言って、彼女はゆっくりと頭を下げた。

 「どうぞ、こちらへ・・・。こんな日に来なくてもいいのに・・・。気持ちは分かりますが、知らせてくれればこちらから出向いて行きますよ。それに、何か分かれば知らせますし、それまでは治くんに付き添ってやってください」

 松村邦男巡査部長は椅子に座るように手で示した。

 由美子はひょいと頭を下げ、松村の前に座った。

 「駐在の内田さんに松村さんを紹介されて、本当に喜んでいるんです。こうやって出向いて来るのが本当だと思っているんです

 内田というのは、田丸町の駐在所にいる地域課の巡査である。今年の三月から行方が分からなくなっている彼女の夫、朝雄のことで内田に相談に行ったら、松村を紹介してくれたのである。田丸町では、朝雄の他に六人が同じように捜索願が出ている。

まだ正式には捜査本部を置いていないが、不可解な状況が起こっているとして、県警と連絡を取って調べを進めているところである。

 まだ何も手掛かりらしきものも掴んではいなかった。不可解な何かが起こっているらしいのだが、警察が動くには・・・まだ正直・・・早い、と松村刑事は思っていた。

 「何か・・・」

 と、由美子は松村を見た。

 松村の返事はない。じっと目の前の女を見て、にやりと笑っている。彼女はこの刑事が迷惑がっているのに気付いている。でも、彼女としては、この警官を頼るしかなかった。それが分からないのか。彼女は精神的にも疲れ切っていて、いつ倒れてもいい状態だった。

 「何で、来られました?」

 由美子は怪訝な眼をした。何で・・・そんなこと、分かっているじゃないのか、という眼である。

 (何で・・・何で・・・この人、何を言っているの。そんなこと・・・)

 由美子は大きく吐息を吐いた。心の隅っこで怒りが爆発しそうだった。

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