第2話    三瀬の館

シティホテルは伊勢市駅から近い。

昨日、伊勢市駅からシティホテルまで十分と掛からない。バックミラーに映る初老の男の口は真一文字に結ばれていた。

(この人は・・・)

俺とは違う人種なのだ、と運転手は実感した。だから・・・どうなんだ、と言うのではないが、長距離のお客さんだから、いいお客さんには違いないが、けっして長い時間同乗したくない人柄の人間だった。それでも、彼は明日七時に迎えの予約を得た。念にために、

「明日は、田丸町で良かったんですね?」

と、訊いた・

「そうだな、田丸城の開城式にでるのだが、その前に・・・三瀬の館に行ってくれるかな」

「三瀬の館?」

運転手は一瞬何のことが分からなかったが、すぐに、

「三瀬・・・ああ、三瀬谷ですね。分かりました」

と、気前よく答えた。

運転手には、田丸の開城式と三瀬の館がどう結びつくのか、全く見当がつかなかった。明日は、いい一日になるな、と、運転手は思った。


伊勢市のシティホテルに初老の男が着いた時刻、ある一人の少女が三重県を南北に走る近鉄の名古屋線の松阪駅に降り立った。やはり、ここでも台風の直撃に、仕事を終えた人々が家路を急いでいた。少女は小柄で顔も小さく幼く見え、中学生のようにも見えた。少女はベージュの小さなショルダーバッグを肩に掛けただけの軽装だった。頬がぽっこりとふくらんでいた。少し短いかなと心配してしまう髪は、彼女を見る人に不思議な愛着を感じさせた。

駅の構内から飛び出そうとした時、少女は慌てて立ち止まった。彼女は白いパンツの裾を気にした。雨が横殴りに振り込み、もうすっかり裾を濡らしていたのである。少女は気を取り直して、空を見上げた。灰色に濁った雲が巨大な生き物のように動いていた。

「明日は、きっと大丈夫ね」

少女ははっきりとこう言葉に出した。しかし、彼女の横を通り抜けて行った二十二三の若者の耳には、彼女の声は雨と風の音にかき消されて聞こえなかったに違いない。たとえ聞こえた処で、その真に意味は分からなかっただろう.>

―よしー

少女は百メートルくらい先にあるホテルサンルートに向かって走り出した。傘は持っていない。

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