あて馬なんて御免です

相内充希

前世を思い出しちゃったよ

 前世の記憶が戻ったのは、あたしが六歳のとき。

 祭りの日に公開された、皇太子様とお妃様の婚礼画を見に連れて行って貰ったのがきっかけだった。普段領主様の家にしまってあるそれは、このたび三番目のお子様である第一王女が生まれたことを記念しての公開らしい。実質四回目の公開だという。


(わお、すごい。スチルと同じじゃん。実物だとこんなに綺麗なんだ。やばい、めちゃくちゃ尊い。ミレイユ素敵。王子様と結婚できてよかったね!)


 興奮気味に自然と浮かんだそれに、あたしはハタと我に返る。


(ん? スチルってなんだっけ?)


「どうした、ニーナ?」


 あたしの顔を不思議そうにのぞき込むお父様の顔に、自分の内側でカチッとパズルがはまったような変な感じがする。がっちり逆三角体型の男性は五十歳くらいだろうか。ツンツンした短髪と日に焼けた顔。丸太のような腕は、あたしが五人いても余裕でぶら下がれそうなたくましさだ。


「えっと、なんでもないです。お二人とも綺麗だなぁって感動してました」


 慌ててニコニコする娘の顔にホッとしたのか、お父様は人波ではぐれないよう手をつなぎなおしてくれる。けど—―


(待って待って! この人あたしをニーナって呼んだよね。ていうか、この人ニーナのお父さんじゃん。ガチムチの騎士様じゃん。わぁ、ちょっと若いけど本物だ、イケオジだ。すごーい!)


 興奮と共に、頭の中にあふれ出す情報の波。襲い掛かって来るようなそれに溺れないよう頑張ってもがいた結果、ここが前世読んでいたノベルゲーム「薔薇の乙女シリーズ」の世界にそっくりだということに気づいてしまった。


 ゲームと言っても、特にお話の選択肢があるようなものではない。イベントもあるけど、基本的にはミニゲームとかガチャで貯めたポイントを使って続きを読んでいく、絵の多い小説って感じかな。


 ちなみにさっき思い出したスチルは、シリーズ一作目「白薔薇の乙女と金の皇太子」のもので、ミレイユは皇太子殿下と結婚するのヒロインだった。


 薔薇の乙女シリーズを気に入った理由はイラストだ。スマホの広告でそのイラストが目に入った瞬間、ばーんと撃ち抜かれた感じだった。

 ヒーローも色っぽくてかっこよかったけど、ヒロインはじめ女の子たちが可愛いし、モブでさえたまらなく好みだった。おじさんおばさんのキャラでもそう。もう本当に好み過ぎた!


 もちろん内容も普通に面白かったけど、あたしはスチル集めがメインだったんだ。集めたスチルたちをうっとり見るのがたまらなく好きだった。

 だからね。あの美麗イラストがリアル、かつグレイドアップした姿でどーんと現れちゃったら、前世の一つや二つ飛び出してもおかしくないと思うのよ。


 そもそもあたしが、この記憶を前世だと判断したのには理由がある。


 普通に考えれば、ゲームだの小説だのの架空の世界で生まれ変わるなんてありえないじゃない? 地球外だし、空想の世界だし。だから最初は、流行り始めだったVRの世界だと思ったのよ。


 あたしの記憶だと、医療系では特にストーリーのないバーチャル世界なんてのもあるけど、VRの主流はゲームだったのね。その中の一つが、完全に脚本ができてる仮想世界のキャラに入って、その特定キャラになり切って楽しむもの。


 RPGなんかだと、なぜか全く操作できないNPCノンプレイキャラクターにも入れて、「ここは〇〇村です」だけを繰り返すのが楽しいって人もいたわ。

 旅人観察が趣味なんだって。装備とか個性があって楽しいんだそうだ。


 でもストーリーゲームだと、主流はやっぱり異世界恋愛だった。そのほとんどが自分で動く系のじゃなく、あくまで受け身で楽しみたい人向き。

 自分で操作できる部分がほとんどなくてもいいの。

 長くあのシーンを見ていたいとか、じっと推しキャラを見つめ続けたいってことができるんだもん。あえてヒロイン以外のキャラを選ぶのは、一番近くの観客でいたいからって理由が多かったよね。ヒロインの親友とかヒーローの従者なんてめちゃくちゃおいしいポジションで。


 そんな理由から、「わりとマイナーだった薔薇の乙女シリーズも参入したんだ、ラッキー」なんて最初は思ったの。


 仮想世界に入って、うっかり自分がこの世界の人だって思い込む事故はよくある話。あたしもてっきり、ゲームをプレイしてるってことを忘れてなり切ってたんだろうなって思ってたわけ。


 でもさ、違和感を覚えたのは自分の姿にだった。

 私がなりきり、というか憑依ひょうい? してるニーナって、第三シリーズのキャラなんだ。ミレイユの結婚から十八年後の世界が舞台のやつ。

 なのに、ヒロインでもないキャラを、幼少期からプレイできるって変じゃない? って気づいてしまった。


 しかもあたしにはニーナとして生きてきた記憶もばっちりあるし、VRとは思えないくらい五感が全部ある。


 それにね。これを告白するのはちょっと悩ましいところなんだけど……。


 ぶっちゃけ、現実だと判断せざるを得なかった決め手はトイレでした(泣)。

 ええ、トイレ問題は切実よ。あやうく漏らすところだったもの。

 幸か不幸か、ここが現実だったおかげで乙女の尊厳は守れたけどね。ううう、泣ける。


 でもさ、ここって服装とか町の様子が近世ヨーロッパ風の世界なのに、水洗トイレがあって笑ったわ。もちろんありがたいけど。

 上下水道とか衛生面がわりといい感じなのは、古代ローマみたいに水を利用する技術が高い世界ってことっぽい。あるいは日本の江戸とか?

 クイズ番組で覚えた知識だから間違ってる可能性大だけど、庶民も私塾みたいなところで学べたり、建物も高層階のものがけっこうあったり。やっぱり江戸よりは、なんちゃっていいとこどりローマを近世ヨーロッパにもってきたみたいな気がする。違うかもだけど。

 でもまあ、ここは喜ぶべきところ……なんだろうなぁ。ご都合主義なのか、スタッフの趣味が反映されたのか、単純にそういう歴史をたどった異世界なのか。

 とはいえ――――。


「はぁ、ありえない」


 調べれば調べるほど、薔薇の乙女シリーズの世界、もしくはそれによく似たどこか地球以外の世界だとしか思えなくなった。調べると言っても子供だから、両親や兄たちに聞いた話とか、かなり限定されてたけど。


 何日かは落ち込みまくったわ。

 自分がいつ死んだとか知らないけど、前世とか覚えてるなんて誰トク? って感じ。こんなのこれから生きていくのに、障害しかないじゃない。ホームシックとかにかかったらどうしてくれるのよって。

 ニーナの親だって、別人の記憶持ってる娘とか気味悪がるでしょ? 十四歳くらいならむしろ、「そんな年頃よね」ってなったかもだけど。


 でも不思議なことに、あたしの記憶はかなり限定されていた。ゲームの事や、自分がどんな世界で生きてたかなんかの記憶はあっても、家族や友達といった近しい人のことはさっぱり思い出せなかったのだ。こういう人がいたとか、学校はこんなところみたいな情報はあるんだけど、何かで読んだとか聞いたとか見たいな遠い感覚。

 日本人だった自分の名前も思い出せないレベルだったから、むしろこの記憶の方が妄想の類かもなんて思ってもみたけど……。



(ま、わからないことは考えても仕方がないんだわ)


 そう思って渋々受け入れてしまった。それ以外ないからね。

 前世の記憶なんて、黙っていればバレないでしょ?


 今のあたしはニーナだ。

 一応爵位はあっても、お父様と一番上のお兄様が騎士――つまり世襲しない、ほぼ庶民と変わらない身分の女の子。

 遅れて生まれた唯一の女の子で末っ子だから、両親からも兄三人からも溺愛されてるし、めちゃくちゃ健康。


 そしてここは、あたしとしてはかなり重要ポイントなんだけど、はっきり言ってニーナは可愛い。

 今はまだ幼女の部類だけど、美人のお母様によく似てるからそれは間違いない。前世のあたし好みの、どこかはかなげな顔立ちのくせに、実ははつらつとした元気印の美少女だ。ギャップ万歳、遺伝子いい仕事してるわ!


「だからこそ、第三シリーズ【青薔薇の乙女】のメインキャラだったんだろうけどね。ふんっ」


 誰もいないことをいいことに鼻で笑っちゃう。

 青薔薇は流行りにのったお話で、いわゆる悪役令嬢ものだった。

 ヒーローは、第一シリーズヒロインだったミレイユの息子で第一王子。そしてヒロインは彼の婚約者リゼット。

 そしてニーナは一見ヒロインとみせかけての――実はただのあて馬でした、というキャラだ。


 自分で言うけどニーナって可愛いのよ、いい子なのよ。もちろんあたしが知ってるのは「キャラ」としてのニーナだからね。


 物語は確か、私塾から推薦されたニーナが、王都の学園に行くことになったところから始まる。ここからはテンプレなんだけど、身分の低いニーナが王子様と仲良くなって、悪役令嬢リゼットが破滅を避けるために奔走するっておはなし。

 なんでリゼットが自分を悪役令嬢だと思い込んだのかといえば、たまたま流行りの絵物語に出てくる悪役令嬢の見た目が彼女そっくりだったのよ。少~し思い込みの激しいリゼットが、これは自分がモデルでは? なんて信じちゃうの。

 このおっちょこちょいなところと、見た目の美しさのギャップがまたよかったんだわ。


 で、リゼットがバッドエンド回避のために頑張るんだけど、実は王子とリゼットは両片思いのバカップルでしたっていうのがオチでした。めでたしめでたし。


 もちろんヒロイン視点で見ればハッピーエンドだからいいのよ? でもさ、一読者としてはちょっとモヤモヤしたんだよね。


 だって傍から見れば、ずーっと王子はニーナに恋してますって感じだったんだもん。絶対ニーナだって、王子様に恋しちゃってたし、にっこり笑って身を引いてたけど、実際はつらかったんじゃないかな? って思うの。

 ニーナはミレイユに似た正統派ヒロインって感じのいい子でね、だからこそ全然タイプの違う、クールビューティーなリゼットがやきもきしたわけ。王子の好みと自分は正反対なんだって。


「でもねえ。だからって、自分の母親に似たニーナには素顔を見せられたって言われても、ねえ?」


 ツンデレ王子、裏を返せばただのマザコンでした。ニーナには甘えてたけど、かっこいいところを見せたいのは婚約者のリゼットだったよ、と。

 ミレイユがママだしね、わからなくもないけど。それはそれ。

 ああ、思い出すとモヤモヤする。


 だから第四シリーズはきっとニーナがヒロインだろうって、そう思ってたところまでは思い出したのだ。実際そうだったのかどうかはわからないけど。


 青薔薇はもちろんリゼット視点で読んでたわけだから、彼女には幸せになってもらいたい。というか、もともと両想いなんだから、あたしニーナいらないよね? 勝手にイチャイチャしてください。


「だいたいあの王子、全然好みじゃないのよぉ」


 ゲームとはいえ、ヒーロー選択肢ないから仕方ないんだけどさ。

 はっきり言って、ほっそりとした美男子なんてお呼びじゃないのよ。

 ぶっちゃけあたしは筋肉が好き!


「ニーナのお父様なんて、めっちゃ理想の塊だもん!」


 あくまであたしの好みだけど、女性と若い男は細マッチョがいい。

 え? 女性もかって?

 うん。女性らしいスタイルを維持しつつ、いい感じで腹筋割れたアイドルの花音かのんちゃんとか、ファッションモデルのリズちゃんとか大好きだった。だからあたしも筋トレはがんばってたんだ。


 男だったら、見せ筋じゃない使うための筋肉って感じの細マッチョ(気痩せ万歳)が好きで、おじさまになるころにガチムチになって完成形っていうのが好き。こう、年を刻んだ渋さと逞しさがたまらない。


「ああ、そうか。だからニーナのことは余計に印象深かったんだ」

 ニーナのお父様って、理想のイケオジだもん。

 となると、今のところあたしの一番の理想はお父様で、次点でお兄様たちだ。



「よし、決めた」


 あて馬になんてならない。

 クールビューティーでかわいいリゼットを泣かせるのは絶対嫌。

 でもどうせなら、陰からそっと愛でたいから、学園に行けるものなら行ってみたい。


「ようはあたしが、ミレイユに似てなければいいのよね?」


 明るく朗らかで元気なのに、実は華奢で守ってあげたいタイプのミレイユ。

 何も知らなければ、お母様に似た女の子に育つニーナは、まさにそのタイプだ。


「だったら筋トレしましょ」


 よし、今世でも腹筋割るぞ。

 剣術だって習っちゃおうかな。


「筋肉育ててかっこいいモブになるぞ! おー!」




 こうしてあたしは学園入学までの約十年、お父様やお兄様や幼馴染を巻き込みつつ、がっつり筋トレに勤しんで過ごしたのだった。


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あて馬なんて御免です 相内充希 @mituki_aiuchi

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