23.「命の使い方」

 "血"のアンテドゥーロは最初とは違って高慢な態度で命令するのではなく、今度は頼むような口調で召喚された者──ルービックにをした。


「この場にいる者を力の続く限り、皆殺しにせよ」


 しかし、そのお願いとは実に物騒な内容だった。

 そのような注文をルービックは果たして聞き届けるのか、どうか。

 一同は召喚人の出方を固唾かたずを呑んで見守った。


*


 ルービックはすっかり白くなった顎髭あごひげをさすりながら、何事かを思案している。

 その仕草だけで彼女の発言に強制力が働いていないのは明白だった。もしも何らかの強制力があるならば彼は即答し、問答無用で襲い掛かってきているだろう。


「……ひとつ、確認するが」

「なんだい?」


「誰から殺すのか、誰からでもいいと言うならこちらの都合のいいように始めるが、それで構わないんだな?」


「別にいいよ。貴方が乗り気なら、ご自由にどうぞ」

「その条件で了承した。──契約成立だな。以後、口出しも無用でお願いする」


 ルービックの視線は自らの教え子、ガウストに向いた。

 果たして、その展開は"血"のアンテドゥーロの予想通りか、彼女が望む展開だったのだろう……?


「──ガウスト。最初は、お前だ」

「了解しました」


 ガウストは平然と受け答えると、素直に前へ進み出る。

 最前列にいた二人──ジュリアスとライルを通り越し、かつての師父と向き合おうとする。

 ジュリアスはそんな彼女の邪魔にならぬよう、ゴートとディディーの所まで静かに下がっていった。

 ライルも同様に宮廷魔術師ノーラのそばに寄って行く……


 こうして、"血"のアンテドゥーロは植物園の方から。他の者達は城側から。

 対峙たいじするガウストとルービックの二人を中心に、現在は一対一の決闘を皆で囲んで見守るような構図になっていた。


「ふふふ、これは悲劇かな? かつての師弟が時を経て、束の間の再会を果たしたと思ったら、このように殺し合う羽目になるとは。……さ、君ならどうする? 必要に迫られたら例え師父でも殺すのかな?」


 だが、ガウストに躊躇とまどいはない。「殺すが」──と、短く言い切った。


「……当然だな。我々にとって、上意下達はつねではない。死ねと言われて、死ぬ奴がいるか? 我々は命を粗末に扱うな、と日頃から厳しく教えてきたのだ。ひるがえって、貴様はそのようにしつけられていないのか?」


「口ではなんとでも言えるさ。だが現実には、いざという時、非常時なればこそ──僕らはいつも捨て駒のように扱われる。分相応ぶんそうおうってやつだよ。僕らには自由なんかない、口答えすら許されない。だからこそ、お前らの言い分には反吐へどが出る」


「我々が常日頃から言われてきた言葉だな。手先が余計な事を考えるな、と。確かにそうだ、我々も賛同して恭順してやった。しかし、それはが我々以外のだからこそ成立するものであり、同じ穴のムジナであるやから唯々いい諾々だくだくと従ういわれはない。元来、貴様もそうなのだ。我々が手先ならもまた手先なのに……それを忘れては、一体何になろうとしているのか……」


 それは、かつて同じ組織にいた人間として問うた言葉であった。

 だが、彼女にたずねたところで返答が返ってくるでもない。

 ルービックは続ける──


は、我々を考えの古い人間だと切り捨てた。我々のような存在はこれからの時代に合わないと。組織は新しく生まれ変わる必要がある。戦後間も無く、ユニオン連邦の義賊団が諜報シーフ機関ギルドに新生したように……乱世は終わったのだ、そして、暗殺で世直しする時代もとうの昔に過ぎ去ったのだ、とな」


「……人殺しで世界が変わるもんかい」

 ノーラ=バストンは吐き捨てるように言った。師父ルービック一瞥いちべつして、視線を戻す。


「そうさ。だからこそ、我々も賛同してやったのだ。……ガウスト。お前達が最後の

世代だ。我々がこの時代まで生きた証、受け継がれてきた技術だけを継承した、な。

──暗殺者アサシンは新しい時代には必要ない? おうとも、その通りだ。ガウストよ、お前達五人は好きに生きろ。何物にも縛られず、自由に生を謳歌おうかしろ。我々が許す、いや、これはむしろ我々の願いだ」


「……了解しました。皆にも伝えます」


「ああ、頼む。……それにしても我輩わがはいは生涯に悔いはないつもりだったが、死後にこのような機会に恵まれるとは思ってもみなかったな。……死霊しりょう非法ひほう、だったか。こうして化けて出て恥を晒すことになったのも、心の何処かに未練があったからかもしれんな。お前達五人を真に完璧に仕上げたいという、な。我々が廃業すると決め、お前達五人を選抜する為に……ふふふ、色々と奮発したな。余所よそから分捕ぶんどった予算も贅沢に使い切ってやったわ……」


 ルービックは当時を懐かしみ、忍び笑いする。……そして、


「──で、あればこそ、だ。我輩を必ず此処で殺せ。この体にこの命、果たして人として何処まで生きていると言えるか怪しいが、だからこそと言える天の配剤。我輩はこのけがれた奇跡に感謝しよう。まさに仕上げには持って来いだ。我輩の死をって、我々の仕事は完璧だったとほこらせてくれ」


「……まるで子供とのお遊戯だね。言った通りの恥晒しだ」


「ふっ、発言が何やら誤解を招いたようだが手加減するつもりはないぞ? 個人的な思惑と引き受けた仕事は別だ。……それに言っただろう? 死ねと言われて死ぬ奴はいない。命を粗末にするな、とな。自ら実践せず、弟子に示しはつかんだろう」


「……若干の懸念けねんがあります」


 すると、彼女にしては珍しく、がちにつぶやいた。


「……懸念?」


「今の私は昔に比べて劣っています。少し前に人間相手に打ち込み、把握しました。腕がなまり、勘もえません。もしかしたら師父の期待に沿えず、裏切る事になるかもしれません」


「ふむ……?」


「言い訳になりますが、これまで鍛錬たんれんおこたりませんでした。しかし……今日よりも昨日、昨日よりも過去の自分の方がよく動けていた気がします。そして、この衰えはおそらく──どうにも出来ないでしょう」


「そうなのか……?」


「いやぁ、実際のところは考えすぎだと思うぜ」


 ルービックは弟子の切実な告白にもやや懐疑的かいぎてきだった。

 そこへ外野からジュリアスが会話に割って入ってくる。


「特に怪我も無いのにまだ若いうちから衰えるなんて、肉体的には有り得ない。ただかんにぶっているだけさ。……あるいは、本当に体がなまっていたとしても、それはすぐに取り戻せる。俺が思うに、今はまだ未知の感覚におののいているだけだよ」


 ガウストが口にした不安について、かつての自分と重なるところがあり、出過ぎた真似だとは自覚しつつもがつい、口から出た。


「……気になっていたが、あの男はお前にとって、なんだ?」

「仲間、です。先日、仲間になりましたので」


 他にも衆人の目が多数ある。ここは、彼らとの打ち合わせ通りに答えた。


「そうか……我輩の見立てもお前の仲間と同じだが、それは言葉であれこれ言ってもせんい事だ。実戦で確かめてやる、そろそろやるぞ。我輩にはどうにも、


「……時間?」

「そうだ。。それは決して、長くはもたない。大体、一時間くらいと思っていいだろう」


、ね。これは忠告だけど、今の発言は死霊しりょう非法ひほう一端いったんであって、全貌ぜんぼうではないよ? 早合点はやがてんはしない方がいい。けど、いいのかなぁ? こんな事まで教えちゃって」


 "血"のアンテドゥーロはルービックの忠告にわざわざ補足した後、その後の発言は誰に対してのものなのか……虚空こくうささやいて笑う。


「……そいつはどういう意味だ?」


 怪訝な表情で訊ねるジュリアス。


「言葉通りさ、誤解させたくないんだって。都合が悪いんでしょ? それだけの話」


 "血"のアンテドゥーロからの返答内容にジュリアスはその後、言葉なくうなるように考え込み、宮廷魔術師のノーラもここに来てからはほぼ、沈思黙考ちんしもっこうしている。


 ──どうやら、おしゃべりもここまでのようだ。


 皆がガウストとルービックに注目し、二人の決闘じみた戦いがいよいよ始まろうとしていた。

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